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今回はライブドアのことを書きたいと思います。戦争や平和と関係ないと思われるかもしれません。しかし、私はライブドアの経営陣がやったこと、そして当時のマスメディアや政府の対応に、日本が戦争への道を歩む構造が透けて見える気がして仕方がないのです。
ホリエモンは時代の寵児でした。近鉄球団の買収提案、プロ野球への新規参入表明、そしてニッポン放送買収をめぐるフジテレビとの戦い、総選挙への立候補、そのいずれの場面でも、彼は若者や団塊の世代を中心に国民の大きな支持を得ました。既存勢力に対して果敢に挑んでいく彼の姿が、時代の改革者にみえたのでしょう。
しかし、戦争を仕掛ける者が「侵略」だと宣言して戦争を始めることはありません。そこには、革命、解放、救済など様々な理由がつけられます。そうした「正義」に国民は熱狂するのです。
私は、ホリエモンが行ってきたことは、新しいビジネスモデルの創出を装った侵略戦争だったのだと考えています。
私が最初にホリエモンに会ったのは、一昨年の12月3日でした。私は、ラジオのニッポン放送で、平日朝のニュース番組のパーソナリティをしているのですが、その番組のゲストにホリエモンが出演したのです。
そのとき色々と話を聞いたのですが、彼の目標は当時から「時価総額世界一」になることでした。ところが、「時価総額世界一になったら、そのカネを何に使いたいのですか」と聞くと、答えがないのです。また、そのとき、彼は高崎競馬を買いたいと言っていました。「なぜ競馬に参入したいのですか」と聞くと、堀江社長は「規制のある分野には超過利益が生まれるから」と答えました。参入規制があって競争が制限されていると、その分野で活動する会社は、通常のレベルを超えた利益を獲得できます。経済学では、その超過利益を「レント」と呼ぶのですが、「競馬は官しかできないので、超過利益が大きい。しかもネットで販路を広げれば、さらに大きな利益を獲得できるだろう」というのがホリエモンの考え方だったのです。
そこで私が「それでは、日本で一番、規制による超過利益を抱え込んでいる業界はどこですか」と聞くと、「在京キー局ですよ。地上波は5波しか存在できないから、確実に儲かるんです」との答えが返ってきました。そして「テレビ局は欲しいけれど、買収するのは、なかなか難しいんですよね」と彼は付け加えたのです。
それから2ヶ月後の昨年2月8日、ライブドアはニッポン放送の発行済み株式数の30%にも及ぶ株式を取得して、いきなりニッポン放送の筆頭株主に躍り出ました。表向きは「インターネットとラジオを融合させれば、面白い番組やビジネスが可能になる」という理由でした。しかし、ホリエモンがニッポン放送を欲しがったのは、フジテレビを買収するための「踏み台」としてだけで、事業そのものには、おそらく興味はありませんでした。ホリエモンの興味は、あくまでも時価総額だからです。証拠はありませんが、おそらくホリエモンはニッポン放送を聞いたこともなかったでしょう。
この買収攻勢に、ニッポン放送の社員は立ち上がりました。昨年3月3日に委任状を含て9割の社員が集まって、ニッポン放送の社員総会が開かれました。創業以来、初めてのことだそうです。そこで声明が採択されました。
声明は、リスナーの皆様、スポンサー、広告会社の皆様、出演者および関係会社の皆様、株主の皆様、そしてフジサンケイグループの皆様という宛名になっています。声明文本体のところだけを引用しましょう。
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―以下引用―
私たちニッポン放送社員一同はフジサンケイグループに残るという現経営陣の意志に賛同し、ライブドアの経営参画に反対します。
ニッポン放送には開局以来、スポンサー・出演者・株主等多くの理解者に支えられながら、リスナーと共に50年という歳月をかけて営々と築き上げてきた企業価値があります。特に、私たちは先輩たちから伝承されてきた放送人としての精神を大切にしております。それは、「リスナーのために」です。いつも私たちはこのことを心の拠り所や判断基準として日々の業務に取り組んでおります。
一方、ライブドア堀江貴文社長の発言には「リスナーに対する愛情」が全く感じられません。ラジオというメディアの経営に参画するというよりは、その資本構造を利用したいだけ、としか私たちの目には映りません。
責任のある放送や正確な報道についても、堀江社長が理解しているとは到底思えません。弊社はもとより全ての民間放送の放送基準にあります通り、私たちは常に「リスナーのために」にこだわっています。それに背く事はしない−そう先輩達に教えられ、後輩達に教えています。それが"放送"です。
一例ですが、ニッポン放送はこの30年間、毎年クリスマスに「ラジオ・チャリティ・ミュージックソン」という24時間のチャリティ番組を放送し、視覚障害者のために音の出る信号機を設置する募金活動に社員一丸となって取り組み続けております。私たちが、ニッポン放送が、リスナーの皆様そして社会と共に生きていることを深く実感する機会のひとつです。
今回、ニッポン放送がライブドアの傘下に入れば、互いに触発しあいながら発展してきたフジサンケイグループの仲間達をはじめ、永く応援して下さっているスポンサー各社、協力関係各社の皆様から関係の見直しを余儀なくされることも十分に予想されます。
私たちは今回の問題が司法の場で適正に判断されて私たちの考えに沿った決定が成され、この混乱が一刻も早く終息することを心より願っております。 最後に、私たちはこれからも明るく楽しい番組を皆様にお届けするため、精一杯努力することを誓います。
―引用おわり―
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声明は、堀江前社長の発言にリスナーへの愛情が感じられないとしています。私もそう思いますが、堀江社長は、リスナーへの愛情がないどころか、ラジオ局の経営に興味さえなかったと私は思います。ホリエモンが私の番組のゲストとして出演したとき、ニッポン放送の番組の話は全く出てこなかったからです。
3月5日付けの毎日新聞に掲載されたインタビューで、堀江前社長は、ニッポン放送の社員声明について問われて、「言わされているだけでしょ」と切り捨てています。私は社員ではありませんが、私の知る限り、堀江社長を歓迎するニッポン放送の社員は一人もいませんでした。彼にはラジオを一生の仕事して選び、少しでも楽しい放送を作ろうと日夜番組作りに努力している社員の気持ちは、かけらも分からないのです。
ライブドアによるニッポン放送の買収時件のときには、「会社は誰のものか」という議論がさんざん行われました。その結論は、当然株主のものです。それは商法に規定されています。しかし、「会社は誰のためのものか」という質問に変えれば、それは従業員のためのものであり、リスナーのためのものであり、取引先のためのものであります。もちろん、株主のためのものでもありますが、その順位は一番最後です。なぜなら、株主は番組作りとか営業活動を支援しているわけではなく、単にお金を出しただけに過ぎないからです。
アメリカでは、買収先の協力のないM&Aは成功しないということが広く知れ渡り、近年の敵対的M&Aの実施は年間数件にまで減少しています。ニッポン放送は社員が一致団結してライブドアの経営参画を歓迎しないと言っているのですから、買収を強行しても、上手く行くはずがなかったのです。
結局、ライブドアが行ったことは、ニッポン放送、フジテレビとの和解によって、フジテレビから総額1470億円の資金を引き出したことだけでした。株式を買い占めて高値で引き取らせる。結果的に、ライブドアのやったことは乗っ取り屋、「グリーンメーラー」そのものでした。
1月23日夜、ライブドアの堀江貴文社長が証券取引法違反で逮捕されました。600万円の資本金で始めた事業は、わずか10年でグループ全体の時価総額が1兆円という巨大事業に膨らみましたが、その帝国は、一夜にして崩れ去ったのです。逮捕後、ライブドア経営陣の行っていた不法行為が次々に明らかになりました。世間はライブドアに対して、手のひらを返しました。
しかし、私が一番恐ろしいと思うのは、法律違反が明らかになる以前に、メディアや政府が、ライブドアの行動を讃えていたという事実です。従業員や取引先の努力で営々と積み重ねてきた事業に、カネの力で、土足で乗り込んできて、資産を奪い去っていく。それを讃美することは、戦争を讃美するのと同じだと私は思います。
フジテレビによる全株取得を受けて、ニッポン放送はこの4月にフジテレビに吸収合併されます。それに伴ってポニーキャニオンなど、ニッポン放送が所有していた株式もすべてフジテレビのものになります。しかし、ラジオ放送事業だけは、ニッポン放送がフジテレビに吸収されたあと、フジテレビの子会社として新社が設立され、単独ラジオ事業としてのニッポン放送は実質的に残ることになります。しかし、新会社はかつてのような豊富な株資産を持つ会社ではなくなります。事業は、放送事業収入だけの範囲内で行わなければなりません。その結果、ニッポン放送は社員の2割を削減することになりました。仕事を失う2割の社員は、フジテレビが引き取るので、首切りというわけではありません。しかしラジオ放送を愛し、ラジオに人生を賭けていたニッポン放送の社員の2割が、ラジオの仕事から離れなければならなくなったのです。
昨年12月7日に放送されたテレビ東京の「関口宏の大定年時代」という番組の収録で、私は再びホリエモンに会いました。その時に私はホリエモンに言いました。「あなたのせいで、4月からニッポン放送は社員を2割も減らすことになったんですよ。ラジオが好きで一生懸命ラジオの仕事をしていた社員が、仕事を変えざるを得ないんです。あなたは、悪いことをしたと思わないんですか」。
ホリエモンの答えはこうでした。「悪いことをしたなんて、全然思いませんね」。
経済の戦争も、やはり相手への思いやりのなさから、生まれるのではないでしょうか。 |