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2013-07-24up

鈴木邦男の愛国問答

第130回

「和歌山カレー事件」のこと

 「和歌山カレー事件」の林眞須美さん。それに眞須美さんを紹介してくれた三浦和義さん。2人は僕にとっては偉大な先生だ。全く知らなかったことを教えてもらった。多くのことを2人から学んだ。7月20日(土)、僕はそんな挨拶をした。大阪・御堂会館(南御堂)で行われた、「和歌山カレー事件・林眞須美さんを支援する会」だ。僕は「支援する会代表」として挨拶したのだ。もともとは三浦和義さんが「支援する会代表」だったが、08年、ロス市警の留置場で突然の死を遂げた。

 眞須美さんの弁護人・安田好弘さんから「三浦さんの後任は鈴木さんしかいないでしょう」と指名された。よく分からないけど、引き受けた。三浦さんは、いわゆる「ロス事件」で逮捕されたが一貫して否認し、無罪を勝ち取って外に出てきた。又、無責任なことを書きまくった新聞、週刊誌などを次々と訴え、そのほとんどが勝訴している。それも弁護士を通さず、獄中で勉強し、自力で裁判を起こして、次々と勝ったのだ。こんな凄い人は、ちょっといない。

 どんなに強い人でも逮捕され何年も獄中にぶち込まれたら、やってない事でも「自白」する。これは体験した人でないと分からない。僕も昔、ガサ入れ(家宅捜索)された時、令状を見ていたら、「もういいだろう」と警察官にひったくられた。そのとき、令状が破けた。明らかに警察官のせいだが、いきなり「お前が破いた! 公文書毀棄罪だ!」と言って逮捕された。「バカな、皆、見てるじゃないか」と思ったが、誰も証言しない。そのまま1ヵ月もぶち込まれていた。そして1ヵ月近くなると、幻覚が見えてくる。自分が令状をビリビリと破っている姿だ。危ないと思った。もし1年も2年もいたら、完全に「自白」する。やってもいないことを自白する。

 そんな体験もあったから、三浦さんは大したものだと思っていた。右翼や左翼。あるいは宗教。そういったものを持ってる人でも、獄中では「自供」する人が多い。だから冤罪も生まれる。三浦さんは、そういったイデオロギーも宗教もない。では、どうやって長期間、耐えられたんだろう。どうして、強くなれたのだろう。ずっと疑問だった。本人に聞いてみても、「やってないからですよ」と言う。でも、やってない人も沢山、「自供」している。僕だって、たった1ヵ月で「自供」しそうになった。

 ともかく、三浦さんは「強い人」だと思った。三浦さんから林眞須美さんのことを聞き、面会に行った。それまではいい印象はなかった。夫婦で保険金詐欺をしているというし、報道陣にはホースで水をかけて、ニヤニヤ笑っている。「カレー事件」だって、限りなく怪しい。そう思っていた。ところが、面会に行ったら、人なつっこい、普通のおばさんだった。マスコミで報道されている「悪女」「鬼女」イメージとは随分と違う。

 それに、支援集会で弁護士さんや支援者の話を聞き、これはおかしいと思った。物証はない。動機はない。自供もない。それなのに、「やるとしたら、こいつしかいない」「怪しい」「だって保険金詐欺をやってるような人間だし…」ということで逮捕され、死刑まで宣告されている。「疑わしきは無罪に」ということもない。「疑わしき」は全て有罪にしている。

 又、不思議だったのは、子どもたちが明るいし、眞須美さんを信じている。さらに夫の健治さんと話した時だ。こんなことを言っていた。「私たちは保険金詐欺で大金を手に入れた。自分の肉体を使って、危ない目にあいながら大金を手にした。それは裁かれて当然だ。又、金についてはものすごく執着があると言われたが、そのとおりだ。その我々が、一銭にもならない殺人をやりますか!」と言う。ウーン、これは説得力があると思った。

 普通の人なら、こう思う。「保険金詐欺をするような人間だから、殺人だってやるだろう」と。でも、これは違う。健治さんの言うように、金に執着する人間だからこそ、金にならない殺しはやらない。金は何億もあったのだ。いくらでも使えた。もし殺人をやって捕まったら、金を使うこともできない。「普通の人」には分からなくても、少しでも法を犯したことのある人なら分かることだ。前に「週刊SPA!」で、元公安の北芝健さん、元ヤクザの石原伸司さん、そして僕の3人で座談会をやった。和歌山のカレー事件についてだ。その時のタイトルが「林眞須美は無罪である!」だ。

 又、大阪の「たかじんのそこまで言って委員会」でも何度か、この和歌山カレー事件を取り上げた。辛口な人が多いから、「やったに決まってるよ!」「当然だ!」という声が多いと思っていたら、違った。「ロクに物証もないし、動機もないのに死刑というのはおかしい」と言う人が圧倒的なのだ。

 当時「SPring-8」という最新鋭の大型放射光施設が初めて事件の鑑定に使われた。最新技術による鑑定で、ヒ素の同一性が特定されたといわれた。しかし、「たかじん」では、勝谷誠彦氏が「最新技術ということは、それだけ実績もなにもないことだ。これをうのみにするのは危険だ」と発言していた。このほうが説得力があるなと思った。集会ではそのことを僕は報告した。

 又、最近では京都大学の河合潤教授は、独自の立場から疑問を表明している。7月20日の「支援集会」では、そうしたことが弁護団から紹介された。

 当日は、テーマが〈『死刑弁護人』のクルーが見た和歌山カレー事件〉だった。東海テレビが作った映画で、安田好弘弁護士の活動を中心に撮った映画『死刑弁護人』が初めに上映された。そのあと、齊藤潤一監督、岩井彰彦カメラマン、そして安田弁護士の3人によるトークがあった。東海テレビは、よくやっている。初めテレビで放送したが、東海地方以外では見られない。それで、映画に作り直して全国で上映したという。東海テレビは他にも、名張ぶどう酒事件、光市事件などに取り組んで、放送している。

 もう20年近く前だと思う。「田原総一朗の世界が見たい!」という番組を東海テレビでやっていた。収録は東京でやり、僕も何回か出た。とてもいい番組だった。そこで新井将敬さん、三枝成彰さん、海江田万里さんなどと知り合った。蓮舫さんも司会で出ていて、そこで政治を勉強し、後に国会議員になる。「あの番組に出たので、国会に出ることになりました」と本人も言っていた。『死刑弁護人』のクルーにその話をしたら、「そうした硬派の伝統をついでいるつもりです」といっていた。心強い話だ。地方のテレビ局が頑張っているのに、中央のテレビ局ははお笑いやバラエティばかりでいいのかと思った。

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映画『死刑弁護人』を撮った齊藤監督は、
以前にマガ9でもインタビューに登場いただき、
やはり冤罪の疑いが強い、名張ぶどう酒事件を扱った映画
『約束』についてお話を伺っています。
メディアの一面的な報道だけを見ていると、
いつのまにか「犯人に違いない」と思い込んでしまいがちですが、
そうした思い込みが冤罪を作り出す一因でもあることを、
常に意識しておきたいと思います。

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鈴木邦男さんプロフィール

すずき くにお1943年福島県に生まれる。1967年、早稲田大学政治経済学部卒業。同大学院中退後、サンケイ新聞社入社。学生時代から右翼・民族運動に関わる。1972年に「一水会」を結成。1999年まで代表を務め、現在は顧問。テロを否定して「あくまで言論で闘うべき」と主張。愛国心、表現の自由などについてもいわゆる既存の「右翼」思想の枠にははまらない、独自の主張を展開している。著書に『愛国者は信用できるか』(講談社現代新書)、『公安警察の手口』(ちくま新書)、『言論の覚悟』(創出版)、『失敗の愛国心』(理論社)など多数。近著に『右翼は言論の敵か』(ちくま新書)がある。 HP「鈴木邦男をぶっとばせ!」

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