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2012-04-04up

鈴木邦男の愛国問答

第96回

山本譲司さんに教えてもらったこと

 山本譲司さんから新しい本が送られてきた。演歌歌手と名前が似てるが、山本譲司さんは元国会議員だ。「あっ、何かの事件で捕まって刑務所に入った人か」と思い出す人も多いだろう。受刑中は障害のある受刑者たちの世話役に従事する。その体験を出所後に『獄窓記』(ポプラ社、現在新潮文庫)として出版し、ベストセラーになる。感動的な本だった。それから障害者福祉施設のスタッフとして通いながら、執筆・講演活動を行う。

 そして今度は小説を書いた。『覚醒』(光文社)で上・下巻だ。<順風満帆のジャーナリストが、高校生を轢いた。しかも飲酒運転だった>と本の帯には書かれている。国会議員を目前にしていた男だ。自分の体験ともダブる。泥酔状態で現行犯逮捕された。「ジャーナリストとして取調べの全面可視化を訴えてきたが、この無様な姿をすべて録画・録音されると思うと、背筋が凍った」

 小説だから、フィクションだ。しかし、逮捕された者でないと分からないことは多いし、その時の気持ちや、悔恨、絶望などは、よく描かれている。なぜ小説を書いたのか。なぜ新しい表現手段に挑戦したのかも分かった。帯にはこう書かれている。

 <ベストセラー『獄窓記』『累犯障害者』の著者が、初めての小説で、書けなかったことのすべてを描く>

 その気持ちが分かった。小説でしか書けないこともあるのだろう。今、読み始めたところだが、その思いを感じた。凄い迫力だ。『獄窓記』を読んだときも、衝撃を受けたが、この小説も凄い。とても才能のある人だ。実は、僕は、『獄窓記』を読んで感動したので、本人の話を聞きに行った。京都までだ。2005年12月17日(土)だ。「福祉と人権サポートネット」の「第3回公開セミナー」で、「逮捕・拘禁された人の家族の支援を元受刑者の立場から考える」という演題だった。

 東京から来たというので主催者が山本さんに紹介してくれた。「初めまして。本を読んで感動して講演を聞きにきました」と言ったら、「そのためだけに来たんですか。申しわけありません。お久しぶりです」と言う。え、初めてなのに。「以前、鈴木さんの講演を聞きに行ったことがあるんです」と言う。驚いた。それに『創』の連載を読んでるし、見沢知廉の「監獄もの」を随分と読んだという。獄中に入る時の参考のために読んだという。

 講演もとてもよかった。刑務所というと殺人、強盗、恐喝と、恐ろしい人ばかりがいると思われがちだが、山本さんの入った黒羽刑務所は、かなり違う。詐欺罪もいるが、無銭飲食や無賃乗車といった罪が多い。万引き、置き引き、自転車泥棒もいる。

 「普通だったら交番に連れて行かれて、そこで1時間ばかりしぼられれば帰れる程度のことで彼らは起訴され、実刑をくっちゃうんです」と言う。

 さらに、刑務所には、痴呆症、たれ流し、自閉症、知的障害、精神障害、肢体不自由の人たちがいる。これは知らなかった。酷い話だ。病院に入れるべき人ではないのか。それなのに刑務所に入れ、懲役をさせる。作業をさせる。作業といっても生産的作業は出来ないから、ローソクを色別に分けたりする「作業」だ。終わったら、それを刑務官は集めてバラバラにし、翌日、同じことをさせる。「作業」してると錯覚を持たせるだけだ。

 山本さんはそんな受刑者の世話をする。オムツを替えてやり、汚物にまみれて世話をする。受刑者に感謝される。「ぜひ家に寄って下さい。百坪ありますから」と言う。自分が刑務所にいることも認知できないのだ。「皇居も私の土地なんです」とも言う。そんな人たちも刑務所に入れている。残酷な話だ。

 山本さんは、国会議員で華々しく活躍していたのに、一転、逮捕され、「ドン底」を体験した。そこで必死に奮闘し、受刑者の面倒をみた。だから、人々の「痛み」を知る。だからこそ、もう一度国政の場で活躍してもらいたいと思う。しかし、山本さんは、「その気持ちは全くありません」と言う。勿体ない話だ。

 山本さんは1962年、北海道生まれ。早稲田大学卒業後、菅直人代議士の公設秘書を経て、26歳で東京都議会議員になる。若い。政治家として恵まれたスタートだ。都議2期を務め、1996年、国政の場へ。しかし衆議院議員2期目を迎えた2000年9月、秘書給与詐取事件を起こし、翌年1年6カ月の一審判決を受け、懲役。

 この事件はセンセーショナルに報道された。猛烈なバッシングを浴びた。悪い事かもしれないが、人を殺したとか傷つけたということではない。1年6ヶ月も刑務所にぶち込む必要があるのか。二審、三審と争ったら、執行猶予を勝ち取れたかもしれない。弁護士や周りの人達もそうすすめたと思う。しかし、本人は、争わず全てを認め、服役した。潔い。

 受刑中は、障害のある受刑者たちの世話役に従事する。2003年12月、事件の反省と433日間の獄中生活を綴った手記『獄窓記』を出版。大きな反響を呼び、新潮ドキュメント賞を受賞し、テレビドラマ化された。出版された直後、すぐに読んだ。一気に読んだ。喫茶店で読み始めたら止まらなくなり、3時間もいて、読了した。涙がこぼれた。

 読む前は、自己弁護の本かと思った。秘書給与詐取なんて、大したことではない。政治家は金がかかるし、国からもらう金を有効に使っただけだ、国会議員は皆やってることだ。何で俺だけが狙い撃ちされたんだ、謀略だ……と言うのかと思った。又、この本を書くことによって、国会議員に返り咲きを狙っているんだろうと思った。しかし、違った。そんなことを考えた自分が恥ずかしくなった。本を読んで、感動した。そして「会ってみたい」と思い、京都まで講演を聞きに行ったのだ。

 山本さんは潔い。誠実だ。人生のドン底を体験した。弱者へのいたわりの眼もある。こういう人こそ、国会で活躍してほしいと思うのに、本人は全くその気はない。又、会って話をしてみたい。「マガ9学校」に来てもらったらいいのに。

 最近、鈴木宗男さんとも何度か会って話を聞いた。宗男さんも刑務所に入って、去年末に出たばかりだ。刑務所体験を聞いたが、山本譲司さんと似ている。受刑者のオムツを替えたり、汚物にまみれて世話をした。皆から感謝される。それに、持ち前の明るさで皆を元気付ける。皆、励まされた。偉いと思う。出所してからも、元気で頑張っている。新党大地は前よりも大きくなった。

 又、最近、『検事失格』(毎日新聞社)を書いた市川寛さんに会った。市川さんは検事の時、心ならずも「冤罪づくり」に加担した。上からの命令だが、「でも自分が弱かったからです」と言う。そして、検察庁の内部・教育体制を暴く。正義感で検事になったのに、良心が否応なくすり減らされていく。そうした検察の世界が赤裸々に語られる。こんなに酷い世界だったのかと驚いた。

 山本譲司さん、鈴木宗男さん、市川寛さん。三人とも、失敗し、挫折した人達だ。人生のドン底を体験した人達だ。だからこそ、見えてくるものがある。これは、<失敗学>かもしれない。こうした体験こそが、多くのことを語っているし、教えてくれる。三人を知り、多くのことを教えてもらった。僕にとっての<財産>だ。

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山本譲司さんはこちらのインタビューの中で、
「(議員時代)福祉政策について分かったようなことを論じ、
“福祉のエキスパート”という自負もあった。
しかし、日本の福祉の現状はまったく見えていなかった。
そのことに、服役してみて初めて気づいた」と語っています。
『獄窓記』『累犯障害者』、どちらも必読です。
「初の小説」もぜひ読んでみたいと思います。

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鈴木邦男さんプロフィール

すずき くにお1943年福島県に生まれる。1967年、早稲田大学政治経済学部卒業。同大学院中退後、サンケイ新聞社入社。学生時代から右翼・民族運動に関わる。1972年に「一水会」を結成。1999年まで代表を務め、現在は顧問。テロを否定して「あくまで言論で闘うべき」と主張。愛国心、表現の自由などについてもいわゆる既存の「右翼」思想の枠にははまらない、独自の主張を展開している。著書に『愛国者は信用できるか』(講談社現代新書)、『公安警察の手口』(ちくま新書)、『言論の覚悟』(創出版)、『失敗の愛国心』(理論社)など多数。近著に『右翼は言論の敵か』(ちくま新書)がある。 HP「鈴木邦男をぶっとばせ!」

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