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2011-10-12up

鈴木邦男の愛国問答

第84回

「暴力団排除条例」を考える

 勿論、暴力団には反対だ。なくなってほしいと思う。だから、今回の「暴力団排除条例」も、〈排除〉は当然だと思う。しかし、この条例には、曖昧な部分もある。「暴力団への利益供与」「密接な関係がある」と認定されるとインターネット上で企業名が公開される。悪質だと判断されれば「1年以下の懲役または50万円以下の罰金が科せられる」可能性もある。
 この暴排条例は10月1日から東京都と沖縄県で施行され、これで47都道府県すべてで暴排条例が整うことになる。暴力団の宴席と知りながら、写真サービス業者が記念撮影の業務を受注したり、酒・生花・すし・そば・ピザなどの宅配業者が商品を届けることなども利益供与とみなされる。余興として所属歌手を派遣した芸能事務所や、会場を提供した不動産賃貸業者も罰則の対象になる。
 でも、暴力団と知らないで届けたらどうか。又、どう見ても暴力団に見えない人が来て、大量に買って行ったらどうか。注文する人全てに、「あなたは暴力団ですか、違いますか?」と聞くわけにはいかない。
 暴力団と知らないで配達し、後で暴力団と分かったらどうするか。「そうならないように、警察に相談しろ」と言うのかもしれない。少なくとも、「疑問がある」「迷う」時は、警察に聞き、判断をあおぐことになる。ますます警察に頼ることになる。「でも暴力団が横行するよりは、警察が強くなるほうがいいだろう」と言う人もいる。しかし、「究極の選択」をしてるのではない。警察国家化するのも嫌だ。
 「みかじめ料」などの資金提供を遮断し、暴力団に一切、金が行かないようにする。それが第一の目的だという。繁華街、飲食店街を縄張りとする暴力団が、そこにある店などから、「用心棒代」「ショバ代」を取り立てていた。そのかわり、何かもめ事があったら、すぐに駆けつけてくれて、解決してくれる。そういう「保険料」でもあった。その話を断ったら大変な事になる。だから店側は、恐怖で金を払っていた。
 つまり、「加害者」と「被害者」として、今までは警察は見てきた。1992年の暴対法(暴力団対策法)を作った時はそういう考えだった。だから、警察は被害者を守り、加害者の暴力団を徹底的に取り締まる。この方針でやってきた。ところが、暴力団は減らないし、暴力事件も多い。これは「被害者」だと思った商店主や民間人が暴力団に金を出しているからだ。進んで金を出す。あるいは脅かされて金を出す。どっちにしろ、金を出して暴力団の生活を成り立たせ、支えている。これは、もう「被害者」ではない。もう、暴力団を支えている人間だ。だから、その関係をやめなければ、お前らも逮捕するぞ、と言う考えだ。
 ここで店や、一般人の不安がある。「払ったら私たちも逮捕されます。だから、もう払えません」と「みかじめ料」を断りやすくなったと言う人もいる。生花、おしぼり… などを暴力団が押しつけるのも断れる。それをやりやすくなったと言う人もいる。しかし、店側は不安だ。「それに替わって警察が全部、守ってくれるのだろうか」と。「暴力団の恐怖」と「警察の恐怖」と、どちらかを選択しろと言われてるようだ。
 つまり、「命をかけて暴力団と闘え!」と民間人に強制してるのだ。少しでも暴力団の脅しに屈したら、お前らも逮捕する! と言っている。暴力団を取り締まるのではなく、「弱い民間人」をターゲットにし、脅しているようにも見える。

 元警視庁刑事の北芝健さんに聞いてみた。
「その傾向はありますね。現場の警察官も皆、混乱してますよ」と言う。警察庁長官などのトップが独断で考え、やろうとしているのだと言う。日本の暴力団はアメリカやヨーロッパと違い、マフィア化していない。マフィアなら、公然と看板を掲げて事務所を持つ事はないし、実話週刊誌に顔を出して喋ることもない。あくまでも地下に潜っているし、だからこそ怖い。
 その点、日本はヤクザにしろ、暴走族、右翼、左翼にしろ、「顔」が見える。毎週、彼らを取り上げる雑誌もあって、売れている。警察トップにとっては、その現象は苦々しい思いだろうが、現場の警察官にしては取り締まりがやりやすい。何せ、ヤクザは事務所を持ち、堂々と生きている。そこを監視し、取り締まっていればよかった。1992年の暴対法の時は、その監視、取り締まりを、もっともっと強化しよう、というものだった。それによって民間人を守ろうとした。
 ところが、ヤクザ、暴力団は減らない。彼らに金を出し、持ち上げる雑誌もある。こいつらがいるから暴力団は生きているのだ。と、警察トップは考えた。そして、ターゲットを民間人に変えた。そんな気がしてならない。
 北芝健氏は言う。「ヤクザ、暴力団が全員地下に潜って、マフィア化したら、もっと大変なことになりますよ。それに外国マフィアも横行するし…」と。「俺達警察は暴力団と命をかけて闘っている。だから民間人も協力してほしい」と言うのなら分かる。そうではなく、「お前らのせいで暴力団が生きのびている。だからまず、お前らを逮捕する」と言っているようだ。そんなことはないのだろうが、こうした民間人の不安を払拭してほしい。キチンと線引きを示し、警察の決意・覚悟を見せてほしい。

 それと、疑問に思うことがある。1992年の暴対法の時は、大きな反対運動が起こった。「これは暴力団つぶしと言いながら、全ての団体、つまり左翼や右翼の弾圧も狙っている」と。テレビ討論会でも激論が闘わされた。現役のヤクザの幹部もテレビに出て、「我々は暴力団ではない。任侠道を実践する人間だ」と言っていた。遠藤誠弁護士や右翼の野村秋介さんなどが中心になり、「暴対法反対」の集会やデモも行われた。野村さんに言われて僕も出た。ヤクザの妻たちのデモもあった。「極道の妻たちのデモ」だ。「私たちは暴力団ではない!」「ヤクザも人間だ。生きる権利がある!」と書かれたプラカードを持ってデモをした。「極妻デモ」も、僕らのデモも、当時は「マンガだ!」と馬鹿にされた。しかし、雑誌、テレビも含め、論議する自由はあった。言論は自由だった。ところが今は、そうした自由は全くない。この条例を批判したら、「暴力団に味方するのか!」と怒鳴られる。あるいは「利益を提供した」と難癖をつけられて捕まるかもしれない。そんな不安がある。政治家だって反対しない。1992年の時よりもずっと、言論は不自由になった。又、警察を刺激して、目を付けられるのが怖いのだ。
 「正論」は大切だ。それと共に、それに反対し、疑問を持つ「異論」「暴論」もあってこその言論の自由だと思う。それが無くなり、窮屈になってきたような気がする。

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暴力団の影響排除、という条例の目的は理解できるけれど、
条文を読むと、どこまでが「利益供与」や「関係」なのか? という、
「危うさ」を感じる一面も。
「1992年の時よりもずっと、言論は不自由になった」という鈴木さんの言葉にも、
危機感が募ります。

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鈴木邦男さんプロフィール

すずき くにお1943年福島県に生まれる。1967年、早稲田大学政治経済学部卒業。同大学院中退後、サンケイ新聞社入社。学生時代から右翼・民族運動に関わる。1972年に「一水会」を結成。1999年まで代表を務め、現在は顧問。テロを否定して「あくまで言論で闘うべき」と主張。愛国心、表現の自由などについてもいわゆる既存の「右翼」思想の枠にははまらない、独自の主張を展開している。著書に『愛国者は信用できるか』(講談社現代新書)、『公安警察の手口』(ちくま新書)、『言論の覚悟』(創出版)、『失敗の愛国心』(理論社)など多数。近著に『右翼は言論の敵か』(ちくま新書)がある。 HP「鈴木邦男をぶっとばせ!」

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