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自他共に認める日本一の愛国者、鈴木邦男さんの連載コラム。
改憲、護憲、右翼、左翼の枠を飛び越えて展開する「愛国問答」。隔週連載です。
すずき くにお 1943年福島県に生まれる。1967年、早稲田大学政治経済学部卒業。同大学院中退後、サンケイ新聞社入社。学生時代から右翼・民族運動に関わる。1972年に「一水会」を結成。1999年まで代表を務め、現在は顧問。テロを否定して「あくまで言論で闘うべき」と主張。愛国心、表現の自由などについてもいわゆる既存の「右翼」思想の枠にははまらない、独自の主張を展開している。著書に『愛国者は信用できるか』(講談社現代新書)、『公安警察の手口』(ちくま新書)、『言論の覚悟』(創出版)、『失敗の愛国心』(理論社)など多数。近著に『右翼は言論の敵か』(ちくま新書)がある。 HP「鈴木邦男をぶっとばせ」
映画「靖国」以上の騒ぎになりますよ、と新聞記者に言われた。「露骨な反日映画です」「意図的な日本バッシングです」という記者もいる。どちらかというと左翼的な新聞の記者がそう言う。じゃ、相当酷いのだろう。産経新聞などでも、「これは大問題だ」と何度も取り上げていた。そんな「反対ムード」もあってか、日本では上映できなかった。だが、意を決して今年の夏から上映する予定だという。
その試写会に招待された。4月20日だ。気が重かった。映画「ザ・コーヴ」だ。右翼の街宣車が取り囲み、騒いでいるのでは… と思ったが、それはなかった。でも劇場公開したらドッと押し寄せるだろう。それに保守派の市民団体や政治家も騒ぐだろう。新聞、週刊誌、テレビも面白がって報道し、騒動を煽るだろう。「これは日本の文化だ。外国人が何を言うのだ!」という声が圧倒するだろう。
「日本は日本だ。外国人は口を出すな!」と叫ぶ。それが「愛国心」だと言う。さらに抗議は広がる。「外国人は出ていけ、参政権を与えるな、与えたら日本は乗っ取られる」「北朝鮮なんか攻めちゃえ。核武装しろ!」と排外主義はエスカレートする。これはもう「愛国」ではない。民族排外主義だ。でも、感情に訴えるのが一番分かりやすいし、人々も容易に煽られる。
この映画「ザ・コーヴ」だって、そんな日本人の排外主義に火をつけるだけだ。それに、「盗撮」したというではないか。「卑劣だ。許せない。犯罪だ!」と、それだけで日本国民の怒りを買う。だから気が重かったのだ。どんな怖ろしい映画が始まるのだろう。自分は盗撮したくせに、日本人を「イルカを殺す残酷な国民だ」と、ヒステリックに批判するのだろう。いやだな。嫌いなホラー映画を無理に見せつけられるような、そんな気分だった。
でも、見て驚いた。凄い映画だ。これは大きな問題提起の映画だ。勿論、日本人から見て不愉快なところはある。でも、それ以上に、教えられることが多かった。イルカ漁について僕らは全く知らなかった。年間2万頭近くのイルカが捕獲されている。イルカショーのために世界中の水族館に売られ、残ったイルカは殺されている。その肉は「鯨肉」と偽装されて売られている… と。
又、イルカを殺すシーンは目を覆うものがある。大きな音でイルカをコーヴ(入り江)に追いつめ、そこで棒で刺し殺す。撲殺する。入り江がイルカの血で真っ赤に染まる。「血の池地獄」とは、このことだろう。
これでは隠したくなるわけだ。見られたくないわけだ。地元の漁師は、「撮るな!」「出ていけ!」と迫る。その攻防戦もスリリングだ。ドキュメンタリーでありながら、エンターテインメントにもなっている。深夜、見張りの目をかいくぐって撮影隊は複数のカメラを仕掛けた。岩に似せたカメラケースを設置して。これは見事としかいいようがない。だって、このために、世界中から一流のスタッフを呼び集めたのだ。まるで「オーシャンズ11」にも劣らない特殊技能を持った者たちだ。
確かに盗撮だ。しかし、そうしなくては撮れない。僕らも知らなかった。イルカ漁にしろ、イルカを食べることにしろ、「これは日本の伝統・文化だ。外国人にあれこれ言われることはない」と言うのなら、堂々とそう言えばいい。隠すことはない。外国人の偏見もあるだろう。外国人から見て許せないと思い、不愉快だと思うこともあるだろう。「でも、これは長い間、日本では行われてきたことだ。日本の食文化だ」と、はっきり言ったらいい。そこで喧嘩になってもいい。「外国人に理解してもらえない文化」を、どこの国だって持っているのだから。それは堂々と言ったらいい。逃げ、隠しているだけではダメだ。
それに、これは果たして日本の「伝統・文化」なのか、と疑問に思った。だって、こんなイルカ漁が行われ、殺され、食べられていることは、ほとんどの日本人が知らない。僕も知らなかった。この映画を見て初めて知った。日本人のほとんどが知らず、支持もしないことが「伝統」のはずはない。「文化」のはずもない。
この映画は問題提起の映画だし、啓蒙の映画でもある。それに、こんな野蛮なことをしている日本をただ非難する映画ではない。そこに、この映画の良心を感じた。他者を非難する前に、むしろ、自分の非を認め、自己批判をしている。かつて60年代、アメリカの人気テレビシリーズ「わんぱくフリッパー」で調教師兼俳優として活躍したリック・オバリーの反省から始まるからだ。
僕もイルカショーは何度も見たことがある。よくあれだけの芸が出来るものだと驚く。知能が高い証拠だ。それに人なつっこい。実に楽しそうに、いきいきと演じている。…と思った。オバリーによれば、それは違うという。実は、ストレスで死んでいるイルカが多いのだという。餌と一緒に胃薬を毎日飲ませているという。知らなかった。考えてみれば、毎日、凄いスピードで大海を泳いでいたのに、ある日、捕獲され、狭いプールに閉じ込められる。過酷な訓練を強いられ、芸をやらないと食べ物ももらえない。生きるために仕方なく芸をしてるのだ。
オバリーはそのことに気づき、ビジネスの道具になっているイルカの解放運動に取り組んでいる。30年も続けている。オバリーはイルカ漁をやる和歌山県の太地町に対し、こんな申し出をした。「イルカ漁をやめるなら、その分の資金援助をする」と。だが、太地町に断られたという。「金の問題ではない。日本の伝統・文化だ」と言うのだろう。これは大いに論議すべき問題だと思う。
イルカは人なつっこい生き物だ。ダイバーが近づくと寄ってきて、一緒に泳ぐ。腹をなでさせたりもする。人間を信頼し切っている。無防備だ。又、サメに襲われそうになったダイバーを、イルカが来て護ってくれたこともあるという。知らなかった。こんなに人間を慕い、信頼し、助けているのに、その「好意」や「恩義」に人間は何ら報いてない。それどころか、騙して虐殺し、あるいはイルカショーで酷使して、ストレス死させている。日本人を代表して、イルカさんたちには謝りたい。
オバリーはイルカ漁をやめるなら、その分の資金援助をしよう、と言った。これは是非、日本人でやるべきだ。「私も金を出す」という人がドッと出るだろう。貧乏な僕だって協力する。世界中から金を集め、それで太地町のイルカ漁を辞めさせるのでは日本人の恥だ。日本人で金を集めて、イルカ漁を辞めてもらおう。そして太地町を救おう。
この映画は「反日映画だ!」「国辱映画だ!」と言う人も多い。しかし、2010年、アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を受賞し、世界中で上映されている。もし上映反対運動が成功し、日本だけが上映されなかったらどうなる。「日本はそんなに偏狭な国か」と叩かれる。それこそ「国辱的事件」ではないだろうか。叩かれるのはいい。ただ、伝統・文化だと言いながら、何ら説明も出来ず、批判を封殺し、話し合いにも応じない。そう思われてはマズイだろう。
イルカ漁については、僕の思い込みもあるだろうし、間違っている点もあるだろう。でも、「上映拒否」だけはやめてほしい。上映した上で、イルカ漁に「反対」「賛成」の人も含め、大いに論議したらいいと思う。僕も逃げないで、どこにでも出かけてゆく。食文化について。伝統・文化について。ドキュメンタリーに何が出来るのか。日本では何故、こういう映画が出来ないのか。…などについて大いに論じたらいい。その意味では、この映画が大騒ぎになることは大歓迎だ。
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「ザ・コーヴ」は今のところ、
東京「シアターN渋谷」などで夏に公開予定のようです。
映画は未見ですが、
「もっと堂々と議論をすべき」との鈴木さんの指摘には頷ける部分も。
皆さんはどう考えますか?
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