戻る<<

鈴木邦男の愛国問答:バックナンバーへ

鈴木邦男の愛国問答

100106up

自他共に認める日本一の愛国者、鈴木邦男さんの連載コラム。
改憲、護憲、右翼、左翼の枠を飛び越えて展開する「愛国問答」。隔週連載です。

すずき くにお 1943年福島県に生まれる。1967年、早稲田大学政治経済学部卒業。同大学院中退後、サンケイ新聞社入社。学生時代から右翼・民族運動に関わる。1972年に「一水会」を結成。1999年まで代表を務め、現在は顧問。テロを否定して「あくまで言論で闘うべき」と主張。愛国心、表現の自由などについてもいわゆる既存の「右翼」思想の枠にははまらない、独自の主張を展開している。著書に『愛国者は信用できるか』(講談社現代新書)、『公安警察の手口』(ちくま新書)、『言論の覚悟』(創出版)、『失敗の愛国心』(理論社)など多数。 HP「鈴木邦男をぶっとばせ」

『失敗の愛国心』(理論社)

※アマゾンにリンクしてます。

女装の世界

 「例の写真、見ましたよ」と、サングラスの男は言う。それも、声をひそめて、耳元で囁くように言う。ギクッとしたが、「何の事ですか」と平静を装って訊いた。「ほら、例の女装写真ですよ」と男は言う。サーッと顔から血の気が引いた。青くなった。マズイ。
 「マズイでしょう。右翼の大物が女装趣味だと世間に知れちゃ」
 「じ、じゃ、どうすればいいんですか」
 「そうですね。買い取ってもらいましょうか。ネガも一緒で、値段は…」
 と、法外な金額を吹っかける。とても払えない。でも、このままでは身の破滅だ。仕方ない。消そう。でも、前の事件も、やっと時効を迎えて、逃げ切ったばかりだ。もう殺しはしたくない。
 「さあ、どうするんですか。奥さんに知られてもいいんですか。それとも会社に送りましょうか」と男は言う。万事休すだ。やるしかない。

 …と、犯罪ドラマならば続くのだろう。サングラスの男に「例の写真、見ましたよ。女装写真ですよ」と言われて慌てた。狼狽(うろたえ)た。その瞬間、「こんなシーン、どこかで見たことがあった」と思った。犯罪ドラマなら、この後、こう続くんだろうな。と思ったのだ。
 ギクッとしたのは事実だ。でも恐喝するような男じゃない。サングラスをかけて、どう見ても怪しそうな人相だが、れっきとした大学教授だ。翻訳家としても日本のトップクラスだ。高山宏さんだ。難解な本ばかり書き、難解な本ばかり翻訳している。僕とは接点など全くない。それなのに、どうして? と思った。ヤバイな。秘密を知られてしまった。やっぱり、消すか。

 高山宏さんと出会ったのは去年の12月19日(土)だ。松岡正剛さん主催の「連塾」のゲストで来て講演したのだ。それを僕は聞いた。それだけの関係で終わるはずだったのに、懇親会で名刺を交わしたのが運の尽きだった。
 その前に、連塾の説明だ。年に二回、松岡正剛さんが主催しているシンポジウムだ。ゲストを三人ほど呼んで、松岡さんが話を聞く。それだけで3万円だ。2年前までは5万円だった。それでも全国から聞きに来る。300人ほどの会場は満員だ。申し込んでも会場の都合で断られた人もいる。午後1時から8時までだ。その後、懇親会。北海道や九州の人は泊まりがけだから10万くらいかかる。それ位かけても価値があると思うのだ。又、それほど刺激的だ。知の冒険だ。編集者、大学の先生、ライターが多いが、普通のサラリーマン、OLも多い。

 12月19日(土)は、「JAPAN DEEP4」と題し、ゲストは三人だった。舞踏家の勅使川原三郎さん。花人の川瀬敏郎さん。そして評論家・翻訳家の高山宏さんだ。三人とも、とても勉強になった。全く知らない世界を教えてくれる。7時間もアッという間だった。ロビーで三人の本を買い漁った。
 「JAPAN DEEP4」は、「年末の胸騒ぎ、日本の武者震い」と銘打っている。高山宏さんの紹介には、こう書かれている。
 「東西跨いで概念翩翻(へんぽん)、あとはなんでも高山式魔術」
 話は難しい。図式で説明するが、その図式が又、難しい。天才なんだろう。どうしてこんな難しいことを考えつくのか。「神に愛された男だからです」と、ぬけぬけと言う。分からん。不思議な人だ。『アリス狩り』『世紀末異貌』『ガラスのような幸福 即物近代史序説』と膨大な著書がある。全然、異質な世界の人だ。僕とは全く接点がない。

 そう思っていたのに…。スタッフに紹介され、名刺を渡したら、「あっ、あの鈴木さんね。ともかく、そこに座りましょう」と言われた。そして、いきなり耳元で、「女装写真を見ましたよ」と言われたのだ。
 ど、どうして知ってるんですか? と訊いた。その答えに驚いた。「だって、鈴木さんが出た二週間後に僕も出たんですよ」と言う。何だ、同好の仲間か。いや、違う。でも、この人は<本物>かもしれない。そんな怪しい雰囲気がある。

 多分、10年ほど前だ。ある週刊誌が「女装特集」をした。毎回一人ずつ、「有名人」に女装させ、それをグラビアに載せる。1年位続き、本にもなった。宮台真司や島田雅彦はきれいだが、どう見てもきれいじゃない人もいる。僕もそうだろう。「やりませんか」と言われた時、面白そうだとすぐに引き受けた。手足の毛を剃り、撮影場所に臨んだ。しかし撮影はなかなか始まらない。というより、化粧をするのに時間がかかる。白粉を塗り、口紅をつけ、マニキュアを塗り、ペディキュアまで塗る。和服の着付けも大変だ。それだけで、5時間もかかった。鏡を見たら、全く知らない人がいた。「完璧な女」になっている。

 なかなかいい。「ちょっと外を歩いてこようかな」と言ったら、「ダメですよ。まだ女性になり切ってないから、バレますよ」と化粧してくれた人に言われた。「女装の世界は奥が深いんですよ」とその人は言う。<本物>の女装趣味の人の化粧もするのだろう。もしかしたら、この週刊誌に載った人の中にもいるのだろう。「まいったよ、週刊誌の企画で女装させられてさ」とか言ってるんだろう。バレた時だって、「あれも週刊誌の企画なんだよ」とごまかせる。
 そうだ、「女装の世界は奥が深い」という話だ。これは一番贅沢な趣味だという。金がかかる。愛人を囲うどころではない。「どうしてですか?」と聞いた。女装趣味の人は家族に知れないようにマンションを借りる。いい女になるために、いいマンションを借りる。本宅よりも高い場合がある。女になるんだから、いい女になろうとする。服や下着や、バッグでも超一流のものを揃える。さらに、一流の女になるために、化粧だけでなく、内面も一流の女になる必要がある。いい音楽を聞き、いい本を読み、いいレストランに行き…と。それに、座り方、歩き方から始め、全ての動作を女性にしなくてはならない。初めはマンションの中で練習し、次は近所を100メートルだけ歩き、それから思い切って電車に乗ってみる。子供の成長と同じだ。
 大変だなーと思った。僕なんか、とても出来ない。でも、いい体験をさせてもらった。こんなことでもないと女装なんか出来なかった。よかった、よかった。

 …と思っていたが、このあとが大変だった。「見そこなった!」「変態!」と電話や手紙が集中した。あの週刊誌は、そんなに見てる人が多いのか。ロフトプラスワンで政治的なイベントがあり、出た時だ。右翼の人が、その週刊誌を客に回している。そして、立ち上がって「恥を知れ!」と大声で怒鳴る。「右翼のくせに、こんなことをしていいのか!」と。
 他の集会でも糾弾された。「お前一人の問題ではない。右翼全体が誤解される!」と言う。何の気なしに引き受けたのに、大変な事になってしまった。
 あんな面白い企画があったら、三島由紀夫だって見沢知廉だって引き受けただろう。それに、昔々、ヤマトタケルは女装してクマソタケルを討ったじゃないか。でも、そんな弁明が通じる相手ではない。嵐のような攻撃だった。暴風雨だった。嵐が過ぎるのを、息をひそめて、じっと耐えるしかなかった。
 「そうですか。大変だったんですね」と高山宏さんに同情された。「でも、あれを見て、随分と勇気のある右翼がいると感心しましたよ」と言う。「あれで鈴木邦男を見直したな。男気だよ」。うーん、女装して男気か。複雑な気分だ。もう忘れたい事件なのに。だから皆さんも、決してその週刊誌を探したりしないで下さい。きっと気分が悪くなります。死ぬかもしれません。

 では遅ればせながら、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします!

またまた鈴木さんの意外な過去(?)が明らかに。
「見た覚えがある!」という読者の方も、
ひょっとするといらっしゃるでしょうか。
その好奇心とチャレンジ精神、なんとも鈴木さんらしい!

ご意見フォームへ

ご意見募集

マガジン9条