マガジン9

憲法と社会問題を考えるオピニオンウェブマガジン。

「マガジン9」トップページへ 川口創弁護士の「憲法はこう使え!」:バックナンバーへ

新連載!!2011-1-26up

イラク派兵差止訴訟弁護団・川口創弁護士の「憲法はこう使え!」

【第2回】 「子ども・子育て新システム」の問題点を憲法的に考える

■菅政権下で法制化がすすめられている
「子ども・子育て新システム」

 「憲法を使う」という場面は、憲法訴訟を起こす、という狭い場面だけではありません。
 様々な問題に対して、憲法という物差しで問題を提起していくことが可能ですし、憲法を使って声を上げることが、私たちの生活を守り、豊かにしていくことにつながります。
 ひとつ、例を挙げて考えてみましょう。今、政府内で法案化が進められている「子ども・子育て新システム」。去年6月25日に概要が示され(わずか10頁!)、今年の通常国会に法案が出されることが決まっています。「待機児童をなくすため」というのが法案の出される表向きの理由です。
 しかし、この「新システム」の法案が通れば、「保育」そのものがなくなってしまいかねません。そして、憲法上も様々な問題が考えられます。
 まず、保育料は収入に応じて支払う額が決まる「応能負担」から、「応益負担」に変わります。長時間預ければ、当然費用は高くなります。しかし、働いている親の収入は、時間に応じた等しい収入ではありません。長時間働いても、収入が少ない親は、保育料を支払うことが出来なくなります。その結果、子どもを預けることが出来ない親が増えてしまいかねません。もともと、共働きをせざるを得ない貧困家庭が増えている中で、「応益負担」に変えること自体、「待機児童をなくす」という目的に反しています。
 家庭の負担能力によって子どもの教育・保育内容が異なり、子どもたちの生活が分断されかねません。これは、子どもの教育を受ける権利(憲法26条)に反するとともに、平等権にも反します(憲法14条)。

■保育の市場化が促進されると何がおこるか?

 またこの法制化によって、企業がどんどん保育に参入してくることが予想されます。今の保育園では、補助金の使い道は「保育」に限定されていますが、「新システム」では「何に使っても良い」とされます。だから、例えばレストランチェーンが保育業界に参入し、保育での利益をレストランの事業に使うことができます。親が子どものためにと出したお金と、大事な税金を企業のお金もうけに使える。これはいくらなんでもやりすぎではないでしょうか。
 決して保育は「儲かる」分野ではありません。特に0歳児、1歳児の保育には人件費がかかります。それを「儲ける」ようにするためには、当然「コスト削減」として人件費を削減します。現場には非正規職員を多くせざるを得ません。保育の質が低下していくことが目に見えています。
 その結果、保育現場での事故が増えるのではないかと懸念されています。例えば、子どもにとってごはんを食べるという、生きる上で大事なことが「均質化」されてしまい、一人一人の発育にあった食べさせ方がなされなくなるのではないか。誤飲、誤嚥事故の増加も心配されるところです。
 保育を産業にすることで、子どもたちの命が犠牲になりかねません。

■「子どもの生きる権利」が著しく脅かされる

 「子ども・子育て新システム」は3歳未満と3歳以上とで、保育の制度を分けます。3歳未満については、自宅などで子どもをみる「保育ママ」の拡充を図っています。この保育ママには保育士の資格は不要で、一定の研修を積めばいいとされています。保育を「プロの保育士」から「アルバイト」に移行していく、という制度に他なりません。
 「新システム」の保育ママ制度は、閉鎖的な空間に、保育の素人に保育を委ねる制度です。小さい子どもを預けなくてはいけない親は、プロの保育士さんがちゃんと子どもを見てくれる、保育園で子どもらしい生活が保障されている、と思うから安心して預けることが出来るのです。ただ預かってさえくれればいい、というわけではありません。子どもたちの成育環境を犠牲にして、量だけの拡大を図るのは本末転倒です。この点でも保育事故の危険が増大します。
 このようにみていくと、この制度のもとでは、子どもの生きる権利(憲法25条の自由権的側面)が著しく脅かされると言わざるを得ません。子どもは0歳児でも、個性を持った存在です。尊い「個人」としての尊厳をもって接せられるべきです(憲法13条)。新システムは、子どもを個性なき、「対象物」として扱っていると言わざるを得ません。

■「憲法」を活用して、声をあげよう。

 こんな「子ども・子育て新システム」法案が国会を通ってしまったらたいへんです。すでに千葉県弁護士会では、この制度の導入に反対する弁護士会会長声明が、昨年の12月15日に出されています。
 憲法上においても多くの問題点があるこの「新システム」。現行制度を解体する「新システム」ではなく、財政確保の上で、幅広い育児支援の量と質の拡大を求めていきたいと思います。そのために、憲法を大いに活用し、声を上げていかなくてはなりません。具体的にどのような取り組みを行っていくか、については次回にまた書いていきたいと思います。

←前へ次へ→

すでにいろんなところで問題点が指摘されている
「子ども・子育て新システム」ですが、
憲法と突き合わせて見ていくことで、
「何が問題なのか」がより具体的になります。
憲法で保障された「生きる権利」を守っていくためには、
どんな取り組みが必要なのでしょうか?

 

ご意見・ご感想をお寄せください。

googleサイト内検索
カスタム検索
川口創さんプロフィール

川口創(かわぐち・はじめ)
1972年埼玉県生まれ。2000年司法試験合格。実務修習地の名古屋で、2002年より弁護士としてスタート。 2004年2月にイラク派兵差止訴訟を提訴。同弁護団事務局長として4年間、多くの原告、支援者、学者、弁護士らとともに奮闘。2008年4月17日に、名古屋高裁において、「航空自衛隊のイラクでの活動は憲法9条1項に違反」との画期的違憲判決を得る。刑事弁護にも取り組み、無罪判決も3件獲得している。2006年1月「季刊刑事弁護」誌上において、第3回刑事弁護最優秀新人賞受賞。現在は「一人一票実現訴訟」にも積極的参加。
公式HP、ツイッターでも日々発信中。@kahajime
著書に『「自衛隊のイラク派兵差止訴訟」判決文を読む』(大塚英志との共著・角川グループパブリッシング)

川口創弁護士の「憲法はこう使え!」
最新10title

バックナンバー一覧へ→