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雨宮処凛がゆく!

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あまみや・かりん北海道生まれ。愛国パンクバンド「維新赤誠塾」ボーカルなどを経て作家に。自伝『生き地獄天国』(太田出版)のほか、『悪の枢軸を訪ねて』(幻冬舎)、『EXIT』(新潮社)、『すごい生き方』(サンクチュアリ出版)、『バンギャル ア ゴーゴー』(講談社)、『生きさせろ!〜難民化する若者たち〜』(太田出版)など、著書多数。現在は新自由主義の中、生活も職も心も不安定さに晒される人々(プレカリアート)の問題に取り組み、取材、執筆、運動中。非正規雇用を考えるアソシエーション「PAFF」会員、フリーター全般労働組合賛助会員、フリーター問題を考えるNPO「POSSE」会員、心身障害者パフォーマンス集団「こわれ者の祭典」名誉会長、ニート・ひきこもり・不登校のための「小説アカデミー」顧問。雨宮処凛公式サイト

雨宮処凛の闘争ダイアリー
雨宮処凛の「生存革命」日記

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“韓国産徴兵奴隷”
大分KCIAの叫び(その2)。の巻

 大分KCIAは90年、ソウルで生まれた。高校を出てからは時給300円でマクドナルドでバイトし、1年間「留学紹介所」に通っていたのだという。中学生くらいから日本の音楽――ZARDやラルクアンシエル――が好きで、日本語の勉強をしていたという彼は、09年3月、来日。
 しかし、韓国にいる頃の彼は「普通の韓国人」だったそうだ。徴兵も「嫌だけど仕方ないのかな」という感覚。が、「韓国の社会なんか嫌だ」という思いはもともとあったという。

「高校三年生の時、テレビでヨーロッパのアイルランドの教育制度の番組を見て、わーっと思ったんですね。まず、体罰がない。韓国では小学校の時から試験の点数が悪いとか先生の指示通りにしてないとかで体罰がひどかった。あと髪の毛の長さや色とかも制限がないし、韓国みたいに無理矢理勉強させない。驚いたのは、休み時間に先生がみんなを教室から追い出すんですよ。『休め』って。逆に韓国では『お前なんで休んでるんだ、勉強しろ』って言うんですけど」

 そんな彼が高校を卒業した年、韓国では米国産牛肉の輸入問題を巡って大規模なデモが起きていた。キャンドルデモと呼ばれたその運動の中心を担っていたのは10代の若者たち。キム君は言う。

「大分KCIAもキャンドルデモに行ってたんですよ。彼はその世代なんです」

 10代の若者を指して特定の運動の「世代」という言葉が当たり前に出てくる韓国はやっぱりすごいと、こんな一言から改めて思う。さて、10代の大分KCIAがキャンドルデモに行っていた理由は、「イ・ミョンバク(大統領)が大嫌いだから」というシンプルなものだった。
 といっても、日本の多くの人にとって隣の国の大統領がどんな人物なのかはわからないだろう。大分KCIAに解説してもらおう。

「あいつは腐敗の塊ですよ。建築法違反とか選挙法違反で前科14犯です。そんな人が今大統領やってます。もともと建築会社の社長で、政府がこれから再開発する土地を買ったんですよ。それを再開発するのはイ・ミョンバクの会社。それと国会議員の時、不正選挙行為をした人を海外に逃がしたんですよ。自分の選挙を手伝った奴を。あと金で票を集めようともした。これはバレて、自分から議員をやめたこともある」

 そんなイ・ミョンバクはなんと「徴兵に行っていない」のだという。

「イ・ミョンバクの周りの人は行ってない人多いです。金持ちが多いから。今、韓国の大統領はじめ、長官とか、その下の偉いと言われる奴らはほとんど行ってないですよ。裏の手を使って。憲法では『すべての国民は兵役の義務を負う』って書かれてますけど、金持ちとか権力者は裏の手を使って行かないんです」

 やっぱりそうなのか・・・。というか、イ・ミョンバクは数ヶ月前に韓国軍を訪れ、「最近の若者はなってない」とか「ちゃんとしてないから精神教育をもっと厳しくすべき」とか言ってるわけだが、よりによってお前が言うなよって感じである。自民党の議員なんかが「徴兵制」とかいう時に感じる嫌悪感は、こういった「自分とか自分の子どもはどんな手を使ってでも行かせないのに、偉そうなことを言う」彼らの姿がまざまざと浮かぶからである。
 さて、そんな韓国で大規模なキャンドルデモが起こった背景には、イ・ミョンバクの「金持ち優遇の新自由主義政策」に若者が我慢できなくなった、ということもあるそうだ。

「金持ちを優遇する税政策。しかも金持ちの税金を減らしたことが韓国の憲法裁判所でも合憲だって判決が出た。あと、電気、ガス、水道の民営化をやろうとしたんですよ。医療保険も国が面倒見るんじゃなくてアメリカみたいに自己責任というふうに改変しようとした。また日本の全国学力テストみたいな制度もちょうど日本でも民主党政権が廃止するって言った時、あいつが復活させたんです。そんなことが市民たちを怒らせた」

 更には「韓国にソウルから釜山に至る大運河を作る」という計画をブチ上げ、批判されると運河を作る理由を「観光のため」と言い、それが批判されると今度は「物流」と言い、それも批判されると次は「治水」と言い換える。また、この連載の「ソウル・ヨンサンの闘い最前線。の巻」で書いた通り、「再開発」による追い出しの問題もある。「建設政府」とも呼ばれるイ・ミョンバク政権は再開発が大好きで、それによって立ち退きを迫られた人々が「撤去民」として問題になっているのだ。しかも政府は立ち退きを拒む市民に対してテロ鎮圧のための警察特攻隊を投入。死者も出ている。
 キャンドルデモは牛肉輸入問題だけでなく、そんな背景もあって大きな運動として広がったのである。
 しかし、彼の話を聞いていてある種の「羨ましさ」を感じたのも事実だ。だって日本で、国の政策に対して10代の若者たちがこんなふうに「怒り」、その上「行動する」ことなど想像もできないからだ。
 しかし、大きく盛り上がった運動は、韓国の保守的な新聞三紙――朝鮮日報、東亜日報、中央日報――には、「背後勢力がある」、もっと言うと「北朝鮮に煽られている」と書かれたのだという。
 そうしてキャンドルデモへの参加を経て、大分KCIAは09年3月、一人で日本にやってきた。

(つづく)

●キム君がかかわっている「韓国の徴兵制について考える」グループ「PANDA」のサイトはこちら
●また、韓国の徴兵拒否者・忌避者に手紙やメールを出したい人、もしくはPANDAの活動に参加したい方はこちら 「翻訳配達担当、大分KCIA」まで。
※3月19日、阿佐ヶ谷ロフトの「左翼・右翼がわかる!」というイベントに出演します。詳しくはこちらで

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「米牛肉輸入反対運動」と伝えられていたキャンドルデモですが、
そこには「徴兵制」とも絡むさまざまな背景が。
そして、「キャンドルデモ世代」のひとり「大分KCIA」は、
何を思い、何を目指して日本にやってきたのか?
次回もご期待ください。

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