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2012-07-18up

雨宮処凛がゆく! 

第237回

17万人が集結! 「さようなら原発10万人集会」!!!!! の巻

出番前、舞台袖にて。

 とにかく暑かった。

 暑くて、熱くて、気温が高いだけじゃなく、辺りがもう、人々の熱気で噎せ返るほどだった。

 どこまで行っても人の波。青い空に翻る「脱原発」の旗、旗、旗。赤ちゃん、家族連れ、若者、おじさんおばさん、高齢の方々。老若男女が「原発はいらない」という一点で炎天下、代々木公園に集結し、声をあげた。

 3・11から様々な脱原発の取り組みがなされ、全国各地でデモが相次いでいる。官邸前にはここ数週間、金曜の夜ごとに、10万人を超える人たちが集まっている。そしてこの日、代々木公園にはなんと17万人が集まった。事故から1年と4ヶ月、「集会・デモ」としては最大規模の参加者数だという。

 この日、私は第2ステージでスピーチさせて頂いた。第2ステージの裏側からは、2万人が入るという第一ステージが遠くに見える。その第一ステージがびっしりと人で埋まっている様子を見て、鳥肌が立った。スピーカーから聞こえてくるのは、坂本龍一氏や瀬戸内寂聴氏らのスピーチ。うだるような暑さの中、直射日光を遮るものがない炎天下にあれだけの人が集まる光景を、私は生まれて初めて見た。そして、泣きそうになった。肉体的にはほとんど「苦行」だ。あんなクソ暑い日には、誰だって外に長時間いたくない。それなのに、全国各地から17万人が駆けつけ、声を上げた。そしてデモ行進にまで参加したのだ。

 いろんなことを考えた。

 この1年4ヶ月のこと。あの日まで、マトモに考えてこなかった「原発」という問題。犠牲のシステム。被曝労働。そして今も故郷を追われ、避難生活を強いられる人たち。その中で進められてしまった再稼働。

第2ステージでスピーチ中

 再稼働が差し迫り、そして実際に強行されてしまったこの一ヶ月、脱原発運動にはそれまでを一桁上回る、10万以上の人たちが参加するようになった。私自身、そのことに非常に勇気を貰い、そして「数」について、様々な媒体の原稿で触れている。

 しかし、どれだけの人が集まったかも重要なことだが、そこに集った「一人一人の心の中で起きていること」が一番重要なのではないかと、最近、改めて思っている。

 初めて集会に参加した人、初めてデモに参加した人、初めて官邸前にやって来た人。初めて国や政府の決定に対し、「いくらなんでもそれはおかしい」と声を上げた人。その人たちが、大勢の人たちの声を前にして、何を感じ、何を考えたのか。そしてそれがどんな形でその人自身の日常や未来に反映されていくのか。

 私自身、長年、社会や世の中や政治への矛盾に対し、自分が何をどう思おうとも、何をしようとも変えられないのだ、と思っていた。そしてそう思っている時がもっとも生きづらかった。自らが徹底的に無力であると突きつけられること。悲劇や不条理に対してどれほど胸を痛めようとも、それを「変える」手だてのきっかけさえつかめなかった頃。

 しかし、この数年、格差や貧困といった問題で、「具体的に社会を変えるノウハウを持っている人たち」と出会い、人間って、意外と無力じゃないんだ、と気づかされた。できることは実はいろいろあるんだ、と。それからの私の人生は、大分風通しがよくなったように思う。何より、無力で何もできない自分を責めることが格段に減った。例えば「餓死事件」や「過労自殺」などの社会の悲劇や不条理に押しつぶされる前に、それに対して何ができるかを考えるようになった。そして声を上げれば、誰かが気づいてくれるということも知った。

同じく

 原発問題も同じだ。

 もし、今、この国に誰一人として「脱原発」に向かって行動する人がいなければ、いてもものすごく少数で冷たい目で見られていたら、私は密かに絶望していたと思う。人間というものを、どこかで信じられなくなっていたと思う。だけど、現実は違う。あれだけの人が集まり、声を上げている。一円にもならないのに、日々デモや抗議行動の準備に走り回っている人がたくさんいる。被災地支援をし、原発事故の避難者に寄り添い、「少しでもマシな未来」のために多くの人が自分の時間を使っている。それぞれの人が、できる範囲でいいのだと思う。

 あの日、私は反貧困運動・プレカリアート運動に出会った頃の気持ちを思い出した。「とにかく一人でも多くの人を蹴落とし、より多くの利益を生み出す者だけに価値があるのだ」という身も蓋もない価値観に覆われた社会の中で、赤の他人の「生活」や「生存」を守るため、ボランティアで活動している人たちとたくさん出会った頃。その出会いが、私自身をすごい勢いで変えていった。一番変わったのは、「人間を信じられるようになった」ことだ。人って、損得だけで動くわけじゃないんだ、自分の理想とする、人の命が踏みにじられない社会を実現するために、こんなにも多くの人が奔走しているのだ、と。

 最初は、何か裏があるのではないかと思っていた。失礼な話だが、例えばホームレス支援で言うと、実はあとで当事者に莫大なお金を要求するんじゃないかとか、みんないい人すぎるから宗教なんじゃないかとか。だけど、違った。当たり前に、人の命や尊厳を大切に、丁寧に扱う人たちとの出会い。人を信じられるようになったことは、私にとってどれほどの救いだっただろう。

 そうして今、脱原発集会や官邸前行動で、私はますます「人間」というものを信じられるようになっている。その「力」に、圧倒されるような思いでいる。

 参加している多くの人も、きっとそうだと思う。一人一人の心の中では、今までに経験したことのない感情がわき上がっているはずだ。その、なんだか叫びだしそうな、思わず走り出しそうな感情に名前をつけるとすれば、それはやっぱり「希望」なのだと思う。

デモに出発する人々!

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10万人集会の呼びかけ人の1人・鎌田慧さんも、
インタビューの中で「集まってくる人たちを見ていると、
人を信頼できるようになる」と語られていました。
「少しでもマシな未来」のために。
それぞれの形で、場所で、できることをやろうと、
「動きはじめた」人たちの姿が、何よりの元気と勇気をくれます。

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雨宮処凛さんプロフィール

あまみや・かりん1975年北海道生まれ。作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。若者の「生きづらさ」などについての著作を発表する一方、イラクや北朝鮮への渡航を重ねる。現在は新自由主義のもと、不安定さを強いられる人々「プレカリアート」問題に取り組み、取材、執筆、運動中。『反撃カルチャープレカリアートの豊かな世界』(角川文芸出版)、『雨宮処凛の「生存革命」日記』(集英社)、『プレカリアートの憂鬱』(講談社)など、著書多数。2007年に『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。「反貧困ネットワーク」副代表、「週刊金曜日」編集委員、、フリーター全般労働組合組合員、「こわれ者の祭典」名誉会長、09年末より厚生労働省ナショナルミニマム研究会委員。オフィシャルブログ「雨宮処凛のどぶさらい日記」

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