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2010-09-22up

雨宮処凛がゆく!

第161回

中国人だから? アルバイトだから?「女」だから? 〜あるセクハラ裁判を巡って〜その4。の巻

触らせてくれた素敵猫。

 さて、前回の続きの前に、民主党代表選が終わって、菅改造内閣の顔ぶれが発表された。私にとってのひとつの衝撃は、長妻氏が厚生労働大臣じゃなくなったこと。じゃあ、「ナショナルミニマム研究会」はどうなるの?  私ってたぶん、長妻さんに任命(?)っていうのされたはずなんだけど。っていうか、中間報告書を出した6月以来、7月の選挙が近かったからなのか次回日程がずっと空白で、今に至るまで何も知らされていない状態。なんか今後、その手の「研究会」とかがどういう形でどうなっていくのか、動きがあり次第、ここでも逐一レポートする予定。
 ということで、前回からの続き。

「裁判起こすのはお金もかかるし体力もいる。だから私その時(裁判を)やめてもいいよ(と思った)。だけどあんな侮辱2年間もされて、やめられないもん。あと、会社のひどい態度」

 損害賠償額としては、5500万円を請求して訴えた。この額には、「懲罰的慰謝料」という意味合いもあるという。首都圏移住労働者ユニオンの本多さんが言った。

「日本のセクハラに対する人権感覚の鈍さが、補償額の低さにもなっていると思うんですね。欧米なら何百億っていう請求額だってある。実際、北米トヨタの社長のセクハラに213億円っていう請求額があったけど、5億、6億って当たり前にあることなのに、日本の補償額はものすごく低い。金額っていうのは人権感覚だと思うんですね。日本の職場でのセクハラが、女性に対する人権侵害だって意識の低さが金額になって現れていると思うので、そこに一石を投じられればと思ってこの額を出しました」

 北米トヨタで元秘書の女性が社長のセクハラに213億円の損害賠償を求めた裁判を覚えている人も多いだろう。訴えを受けて、社長は辞任。北米トヨタは対策委員会を設置し、社内規律の強化を発表した。ちなみに90年代には三菱自動車の米子会社でセクハラ問題が発覚したそうなのだが、この件は三菱車の不買運動にまで発展し、企業イメージは大きく悪化したのだという(読売新聞06/5/10)。
 こういったことを知ると、日本の「セクハラ」に対する意識はまだまだ低いと言えるだろう。多くの企業も、「イメージ悪化」につながる大問題として捉えているようには見えない。
 そんな中、声を上げた川崎さんだが、裁判でも傷つくことは多い。川崎さんの全然知らない女性が出てきて、「川崎さんはいろんな男性を誘惑してた」「仕事中に男性とカラオケボックスに行っていた」などと事実無根のワケのわからない証言をしたり、川崎さんがものすごく挑発的な女性であるかのような陳述書が出てきたり。一番腹が立ったのは、川崎さんが最初にセクハラを訴えた支店の係長の言葉だという。毎日お尻や胸を触られる、という訴えに、「それはセクハラです。注意します」と言った当人が、裁判では「そんなこと一度も見たことも聞いたこともない」と主張したのだ。
 一方、川崎さんへのセクハラ・パワハラを目撃した人もいるのだが、会社に迷惑がかかるからなのか、証人としての出廷が認められても当日の公判には現れなかった。川崎さんのセクハラを見聞きしていた同僚たちも陳述書を書くのは勘弁してほしいというスタンスだ。会社が相手の裁判の難しさがここにある。
 また、会社を訴えた川崎さんには別の風当たりもあった。異動になったホテルの同僚である50代、60代の女性たちはこう言ったという。

「なんでお世話になった会社を訴えるんだって。昔、私たちもこんなセクハラいっぱい受けたけど誰も訴えなかった、だからこのくらいいいじゃないとか。触っても減るもんじゃない、触られてるうちが華とか。私とは考えが全然違う」

 しかし、今は川崎さんを理解してくれて、裁判にも傍聴に来てくれる人がいるのだという。
 そうして始まった裁判だが、先に書いた通り、地裁・高裁ともに「セクハラを認めるに足るだけの証拠がない」と、訴えを棄却。川崎さんは憤る。

「セクハラって人がいないとこでのことだから、証拠証拠って言っても、密室なんです。それで裁判長は、パワハラ・セクハラの証拠には足りませんって。私が叩かれるの見て第三者が陳述書も出したのに、それでもパワハラにならない。事実としてあってもセクハラ・パワハラとは言えないって。もし、私が欧米人だったらこういう判断しますか。今まで我慢してきたこと、侮辱されたこと、全部裁判長が公平に判断してくれると思った。だけど全然違った」

 この裁判を通して、彼女は「なぜ日本の女性はセクハラを受けても裁判を起こさないか」がよくわかったという。

「裁判起こした女性は、会社にも周りの人にもものすごく非難される。人格まで侮辱される。あと、体力と精神力の問題と、お金がかかる。中国では、こんなに女性を侮辱したり、下に見る感覚はない。同じように出世できるし、同時に会社に入ったら同じ給料だもん。掃除だってお茶汲みだって当番で男性も女性もする。差別がない。私の感じでは、日本の男性は女性を人として見てない、ものとして見てる。結婚したら子どもを産む機械、会社だったらお茶汲む、掃除する機械。そういうふうに感じた」

 思い当たる節がある男性には、中国の女性からそんなふうに思われているという現実を見つめ、大いに反省してもらいたい。
 ちなみに川崎さんにセクハラを続けてきたA氏だが、現在も変わらずに働いているのだという。もちろん、セクハラなどしていないという言い分は変えていない。

「私がすごく感じたのは、私はアジア人、中国人だからね。それにパート、非正規労働者だから。正社員だったらなんとかしてくれるかもしれないけど。あと、結婚してなかった頃は外国人だからビザの更新の問題が大きかった。立場、すごく弱いです。『お前、言うこと聞かないとここから去るしかない』って言われました」

 しかし、川崎さんは裁判をやってよかったこともあると話してくれた。

「ずっと1人で、怖くて不安で、でも日本にいたいから我慢してきた。それで裁判を起こしたら、たくさん応援してくれる人と会って、慰められたり勇気づけられたりした。これは自分の宝です」

 が、もちろんいいことばかりではない。

「裁判が長くなればなるほど身体の調子は悪くなるし、判決には本当にショックを受けました。でも、これは自分だけの問題じゃない。私は日本でずっと暮らしたいし、すべての職場でセクハラもパワハラもなく、外国人も男性女性も関係なく、安心して毎日笑って働けるようになってほしい。でも、女性差別、外国人差別、非正規差別をなくすためには誰かが犠牲にならないといけない。最後の目標に辿り着くまで時間もかかるけど、私は踏み台になる」

 川崎さんは力強い口調で言った。黙って泣き寝入りしないのには「国民性もあるかもしれません」ということだ。

「中国人はストレートだから嫌なことはちゃんと言う。日本人は曖昧ですね。言わないし周りの様子見る。でも、中国はあんなに大きな国だから自分の主張しないと。学校だったら先生に言う。会社だったら上司に言う」

 この辺り、私はとても見習いたいと思っている。なぜなら、嫌なことにちゃんと「嫌」って言えないと、どんどん自分が嫌いになってしまうからだ。
 川崎さんは、この件が最高裁に受理されることを待つ日々だ。
 差別がなくなるために「踏み台となる」と言った川崎さんの闘いを、応援していきたいと思っている。

(終わり)

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セクハラに苦しんだ上に、
それを周囲に「訴える」ことでまた苦しめられる。
同じような経験をした人は、決して少なくないのでは?
「セクハラ」の被害者は女性とは限りませんが、
「日本社会は女性を人として見てない」という川崎さんの指摘は、
厳しく受け止めるべきでしょう。

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雨宮処凛さんプロフィール

あまみや・かりん1975年北海道生まれ。作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。若者の「生きづらさ」などについての著作を発表する一方、イラクや北朝鮮への渡航を重ねる。現在は新自由主義のもと、不安定さを強いられる人々「プレカリアート」問題に取り組み、取材、執筆、運動中。『反撃カルチャープレカリアートの豊かな世界』(角川文芸出版)、『雨宮処凛の「生存革命」日記』(集英社)、『プレカリアートの憂鬱』(講談社)など、著書多数。2007年に『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。「反貧困ネットワーク」副代表、「週刊金曜日」編集委員、、フリーター全般労働組合組合員、「こわれ者の祭典」名誉会長、09年末より厚生労働省ナショナルミニマム研究会委員。オフィシャルブログ「雨宮処凛のどぶさらい日記」

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