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雨宮処凛がゆく!

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あまみや・かりん北海道生まれ。愛国パンクバンド「維新赤誠塾」ボーカルなどを経て作家に。自伝『生き地獄天国』(太田出版)のほか、『悪の枢軸を訪ねて』(幻冬舎)、『EXIT』(新潮社)、『すごい生き方』(サンクチュアリ出版)、『バンギャル ア ゴーゴー』(講談社)、『生きさせろ!〜難民化する若者たち〜』(太田出版)など、著書多数。現在は新自由主義の中、生活も職も心も不安定さに晒される人々(プレカリアート)の問題に取り組み、取材、執筆、運動中。非正規雇用を考えるアソシエーション「PAFF」会員、フリーター全般労働組合賛助会員、フリーター問題を考えるNPO「POSSE」会員、心身障害者パフォーマンス集団「こわれ者の祭典」名誉会長、ニート・ひきこもり・不登校のための「小説アカデミー」顧問。雨宮処凛公式サイト

雨宮処凛の闘争ダイアリー
雨宮処凛の「生存革命」日記

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韓国・徴兵制なんて嫌だ!
ある若者の闘い。(最終回)

「侵略と徴兵はやらないでほしい」

 インタビューが終わりに近付いた頃、キム君は言った。

 「日本でも、貧しくて自衛隊に行くとか聞くけど、自衛隊の人と会ったり他の国の軍人と会ったりすると、彼らは彼らの考えで国防任務に誇りを持って勤めているって言うんですね。自分に向いてないと思う人はやめる。もちろん自分が大切だと思う仕事をやるべきだと私は思っている。だけど、嫌だって人を無理矢理徴兵したり外国に無理矢理攻めていくのは軍人だからこそ反対だという人も多かった。軍隊も官僚みたいに組織の規模を維持するために徴兵してる面もあることを考えると、自ら国軍の名誉を落としているように見える」

 しかし、現実問題として、徴兵に応じなければ逮捕されてしまう。そんな韓国社会をキム君は、彼なりのやり方で必死で変えようとしているように見える。

 「個人的には、韓国から出ていくしかないんじゃないか。みんな出ていけばいいんじゃないのって思うんですけど、もともと住んでるとこから、家族や仲間たちから離れて移動するってキツいことで、海外にいきなり行っても知り合いもいないしどんな仕事すればいいのかって気持ちも理解できる。しかし『住みたい国づくりより強い国』を目指した社会に対しては何かの抵抗としての出るという個人単位の認識はこれからも広がるでしょう」

 一番の問題は、韓国社会の内側にいる限り、徴兵を拒否するという選択肢があること自体が想像できない、ということだという。そういう意味では、キム君はイギリスや日本など、海外に出ることによって、そうじゃない世界があることを知った。

 「イギリスにいた時も、イギリス人が国から銀行に金入ったから酒飲みに行こうって言ってるのに、自分は大使館から『徴兵逃げる気か』って電話があったり。世界格差ですよ。身分制みたいなものをすごい感じます」

 その「世界格差」は、現在のバンド「長崎中央郵便局」のノルウェー人メンバーとの間にも感じるそうだ。

 「ノルウェー人のメンバーは、国から毎月13万円貰ってるらしいんです。学生の保証金みたいな。国から13万円貰えるノルウェー人と、徴兵される自分。バンド内の格差がすごい(笑)」

 更には徴兵拒否をしたのちの「刑務所格差」もある。茂木さんは、国際会議で会った、徴兵を拒否して刑務所に入ったフィンランド人の話をしてくれた。

 「フィンランドでも拒否すると半年から一年刑務所に入るんです。でも個室で、プレステ2もあって、サウナつき。で、月に一遍は家に帰れる。フィンランドは戦争が第二次大戦後ないから、徴兵制度の存続意義自体が揺らいでる。韓国の徴兵制も、厳しい南北対立があって、いまだに冷戦体制の負の遺産として北朝鮮という何するかわからないテロ国家があって、という文脈で語られてると思うんですけど、実際にその必要性があるのかって感じですよね」

 キム君が続けた。

 「フィンランドはロシアと国境接してて危ない、韓国は北朝鮮がある、小さい国だからやるしかないって言われるんですけど、じゃあアメリカと国境接してるカナダはなんでやらないんだって。でもそういう話をすると、カナダは違うんだなんとかまたごちゃごちゃいうだろうけどポイントはそこじゃないですよ」

 そんなキム君は、徴兵の問題を「労働問題」としても考えたいと思っているという。

 「強制労働、奴隷労働じゃないか。外国の人々とか社会を見て、こういう社会もあり得るんだって思った。どうしてみんな我慢してるのかな」

 今まで「良心」や「平和主義」や「軍の廃止」を掲げてきた韓国の兵役拒否者たちにとっても、キム君はある種の衝撃を持って迎えられているという。初めての「個人主義的な」スタンスだからだ。茂木さんは言った。

 「当初は、韓国国内で一般的に了解可能な文脈を提示しなければ拒否って言えなかった人たちからすると、新しい波が来てるねって。正直戸惑ってるけど、それを考えるべき時期が来てると言ってました」

 インタビューの最後、キム君は「今、ベ平連に興味がある」と言った。ベトナム戦争の際、米軍の脱走兵を支援した運動は、広い層によって担われていた。

 「べ平連に関して一番考えさせられるところは、イントレピッド号に向かって脱走を呼びかけるところですね。日本人が日本でやってるわけだから、邪魔だと米軍が勝手に捕まえたりするわけには行かない。これは例え話だけど、たまに韓国で徴兵忌避の具体的な情報などをネットで書いたりするやつが捕まることがあるんですね。じゃあ、外国籍の人間が外国で書いたら? ベ平連ではあれだけ脱走支援をしたのに日本人の中で起訴された人は一人もいないですね。これは私のできる範囲の話ではないから時代の展望としておきましょう。でも、確かに面白いのはべ平連に参加した人々の記録には楽しそうなところが多い。この前読んだ話では『困った』脱走兵3人の話があるけど、女の子を見るたびにナンパをしかけてる・・・。韓国の兵役拒否者もこのタイプの人が増えるといいですね。戦争するような態度で『戦争反対』っていっても、真面目すぎると付き合って行けない。私から日本の皆さんに提案できるのは、刑務所にいる彼ら(韓国の兵役拒否者・忌避者)に手紙を書くのはいかが? 韓国の支援団体ではよく差し入れとかしてるようですが、日本から応援の手紙が来た! というと相当喜ぶでしょう。それでもしかして、恋愛に繋がったみたいな美しい話でもあったとしたら、また『雨宮処凛がゆく!』で取材されるかも知れませんね。これではもう大統領閣下の精神教育なんかは敵わない」

 取材前日、20代の若者が、徴兵が嫌で自殺したというニュースが流れたことに、彼はショックを受けていた。「自殺するくらい思いつめてる人をどうにかしたい」。その思いがキム君を突き動かしている。もちろん、「バンドをやりたい」という思いもある。
 厳しい徴兵制度の社会の中、彼は彼なりに、「新しい生き方」を今、模索しているのだ。
 これでキム君に関する全6回の連載は終わる。感想やキム君へのメッセージなど、ぜひマガジン9条編集部に届けてほしい。

小熊英二さんの「1968」のシンポジウム打ち上げにて。左から加藤典洋さん、高橋源一郎さん、私、島田雅彦さん。

●キム君がかかわっている「韓国の徴兵制について考える」グループ「PANDA」のサイトはこちら
http://panda1panda2.web.fc2.com/

●また、韓国の徴兵拒否者・忌避者に手紙やメールを出したい人、もしくはPANDAの活動に参加したい方はこちら
kkt3457@gmail.com「翻訳配達担当、大分KCIA」まで。
(ハンドルネームです。韓国のKCIAとは一切関係ありません、念のため・・・)拒否者・忌避者への手紙は翻訳して獄中にお届けします。

6回に渡ってお届けした キム君へのインタビュー、いかがでしたでしょうか?

 

貧困や労働問題では、日本の今ととてもリンクすることが多い韓国社会ですが、
「連帯」という意味では、知識も意識も抜け落ちている徴兵制に関する問題がありました。
私たちがあまりにも知らなかった現実について、さらに見ていきたいと感じました。
雨宮さん、キム君、ありがとうございました!

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