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第40回
経済が好調なロシアでは、
車や食文化を通じて「日本の評判が上がっている」のだそう。
そこから見える、日本と周囲の国々の関係について」考えます。
芳地 隆之(ほうち たかゆき) 1962年東京生まれ。 大学卒業後、会社勤めを経て、東ベルリン(当時)に留学。 東欧の激変、ベルリンの壁崩壊、ソ連解体などに遭遇する。 帰国後はシンクタンクの調査マン。 著書に『ぼくたちは革命の中にいた』(朝日新聞社) 『ハルビン学院と満洲国』(新潮社)など。
ウラジオストク、ハバロフスク、ユジノサハリンスクなど、ロシア極東各地の道路を走っている自動車の95%は日本製の中古車である。1991年末のソ連解体後、「日本の中古車は10万キロ走っても故障しない」との評判が地元ロシア人たちに広がり、あっという間に道路を席捲した。
90年代には「○○水産」や「○○旅館」のロゴの入ったライトバン、サイレンをはずしたパトカーや救急車までが自家用車として使われていたが(どうやって運んだのだろう?)、最近ではランドクルーザーやCRVといった四輪駆動車が目立つ。好調なロシア経済により、人々の収入が増え、嗜好が多様化しているのである。
貿易はモノと一緒に文化をも伝える。4年前、新潟空港からウラジオストクへ向かう機内で、「小僧寿し」のパーティ用の大きな皿を機内に持ち込んだロシア人男性を見かけた。家族へのお土産なのだろうが、食物検疫にひっかからないのだろうか? 彼は、ウラジオストク空港到着後、何の問題もなく帰国手続きを済ませた。
スシ人気は極東だけではない。ヨーロッパで日本食レストランが最も多い都市はモスクワである。その数が500〜1000店とアバウトなのは、いまも次々と開店しているからだ。ちなみに吉野家も近々出店する予定。ロシアの日本食ブームに牛丼も参入する。
「ロシア人の対日感情はすごくいい。“日本製品は性能がいいし、食べ物はヘルシーだ”と多くの人が思っている。そういうときこそ日本を宣伝するチャンスだ」
こう言ったのは日系メーカーの海外営業マンだった。彼は、「北方領土交渉だって展開できるかもしれない。なのに、政府の反応はにぶい」
昨年8月に北方四島周辺海域で北海道根室市のカニかご漁船がロシアの国境警備艇に銃撃され、乗員1名が死亡した。同海域でロシア側の銃撃により日本人が死亡したのは、1956年に日ソの外交関係が回復して以降、初めてである。それまでは、日本漁船がロシア側の主張する領海に入っても拿捕までで、射殺することはなかった。ロシアは表向き「北方領土はロシアの領土」としつつ、日本との交渉の余地は残していたのだと思う。ところが、小泉政権時に日本政府の対ロ外交窓口であった鈴木宗男氏が収賄容疑で逮捕されて以降、政府間交流のパイプはめっきり細くなった。
ロシアと中国向けの輸出入を専門とする商社の社長からこんなことを聞いたことがある。
「たとえば、アメリカの大統領はたくさんの企業経営者を引き連れて中国やロシアを訪問し、大きなプロジェクトの構想を打ち上げる。現実には、そこそこのビジネス案件が成立するくらいで、針小棒大なんだけど(笑)、国のトップ同士が話し合って、大風呂敷を広げることに意味がある」
かつて田中角栄が訪ソした際、当時のブレジネフ・ソ連共産党書記長との会談で、
「モスクワに着くまで、飛行機の窓の下にはシベリアの大地が延々と続いていた。あんたたちはこんなに広い領土をもっている。北方領土ぐらい日本に返したって、たいしたことないだろう」と言って、ブレジネフを返答に詰まらせたという。ロシアと渡り合うには、政治家としての迫力がいるし、こうした「あく」と「押し」の強さを引き継いだのが鈴木宗男氏だったのだろう。都会育ちの世襲議員ではちょっと厳しいのではないか。
先日、ロシアのラブロフ外相が色丹島を視察した。外相が同地へ訪れたのは初めてである。これは「北方領土はロシアの領土」とのメッセージを改めて送ったことを意味している。にもかかわらず、6月初旬に開かれたドイツ・ハイリゲンダム・サミットでプーチン大統領と会談した安倍首相は、この件について何も語らなかった。「ロシア要人の領土訪問は領土交渉に悪影響を及ぼさないような配慮が必要だと外交ルートで何度も伝えた」から触れなかったのだというが、ロシアはトップの言葉が非常に重みをもつ国である。安倍首相のノーコメントは、プーチン大統領に“日本の首相はロシア外相の北方領土訪問を認めた”と思わせたのではないか。
麻生外務大臣は昨年11月、「自由と繁栄の弧」という日本の外交戦略を掲げた。「普遍的価値(自由、民主主義、基本的人権、法の支配、市場経済)に基づく価値外交」を通して、「ユーラシア大陸に沿って自由の輪を拡げ、普遍的価値を基礎とする豊かで安定した地域(自由と繁栄の弧)を形成」するのだという。
その弧とは日本から東南アジア、インド、中東から東ヨーロッパまでをまたぐものだが、地図上で見ると、中国とロシア(そしてイラン)を封じ込めようとする意図が感じとれる。安倍首相が提唱する「主張する外交」の一環なのだろうが、その発想は、米国政権内のネオコンがイラク攻撃を正当化させるために策定した中東民主化構想の焼き増しに思えた。
民主化構想が失敗だったのは、いまのイラク情勢を見れば明らかである。ラムズフェルド(前国防長官)、ボルトン(前国連大使)、ウォルフォウィッツ(前国防副長官、前世界銀行総裁)ら、ネオコンの有力なイデオローグは第一線を退いた。5月28日付『朝日新聞』の船橋洋一氏のコラム(日本@世界)では、米国有力シンクタンクの外交専門家による次のようなコメントが紹介されている。
「破綻したネオコンのままごとのようなことを日本はなぜ、急に言い出すのか」
日本がどう説明しようと、ロシアと中国(そしてイラン)は、「自由と繁栄の弧」のなかに、自分たちを仮想敵国とみなす戦略を読み取るだろう。そして彼らの目には、日本がアメリカの外交戦略に無批判に従っているように(しかも周回遅れで)映るに違いない。
イラク戦争によって世界からの尊敬の念を大きく損ねたアメリカとは対照的に、9・11以降、自らの影響力を強めたのが上記3国である。中国は加速する経済成長とアフリカや南米市場にまで及ぶグローバルな企業展開、ロシアは原油高による石油収入の増大とエネルギー外交、イランは混乱するイラクへの影響力拡大と豊富なエネルギー資源によって、地域での発言力を増している。
それに対して日本は価値観を共有するアメリカとの同盟関係を強化しようとしている。しかし、「従軍慰安婦について日本軍による強制の証拠はない」という安倍首相自身の発言が、アメリカに少なからず不信感を抱かせた。
本当に日本は人権を重視する(価値観を共有する)国なのか?
結局、安倍首相は慰安婦問題について、当事国ではないアメリカ大統領に謝るという奇妙なパフォーマンスを示し、念願だった訪米をわずか2日で終えた。
戦後、日本人は太平洋側を「表日本」、日本海側を「裏日本」と呼んだ。日本海は中国、ロシア、北朝鮮といった社会主義国と対峙する分断の海だった。
しかし現在、中古車だけでなく、建設機械、家電製品、PC、食料品などあらゆる日本製品が船に載って日本海を行き来する。地方のある物流会社は、香港で製造した日本の冷凍食品を直接ナホトカに輸送する計画を立てている。2006年における世界の港湾のコンテナ取扱量をみると、1位はシンガポール、2位は香港、3位は上海、4位は深圳、5位は釜山。日本の港湾の最高は東京の21位だった。
同年の日本の対中貿易の規模は、対香港を加えれば、対米貿易のそれを上回っている。対ロシア貿易のシェアはいまだ小さいが、金額は年々記録を更新中だ。サハリンで現在開発中のエネルギープロジェクトが完了すれば、天然ガスが日本に送りこまれるだろう。北朝鮮が日本海を囲む経済圏に組み込まれるのも時間の問題だと思われる。
経済関係で相互依存を高めてこそ、戦争を回避できる――尊敬するエコノミストの言葉を思い出す。貿易はウィン・ウィン関係(両方が得する)が成り立たなければ続かず、国際経済関係で勝ち組、負け組が生まれると、戦争の危険性が高まる。9・11は負け組が勝ち組に一撃を加える行為だった。
戦後の日本が通商国家としての道を歩んだことには大きな意味があったのである。
「中韓といった反日的な国に囲まれている。だから、日本も自衛軍をもって軍拡するのは当然だ」とする意見がときどき聞かれる。しかし、環日本海圏にいたずらに対立軸をつくることが日本にとって望ましい方向なのだろうか。
国内向けの勇ましい言説は、権威主義的な人や欲求不満を抱く人の自尊心をそれなりにくすぐるかもしれない。だが、それによって失いかねない日本の国益の大きさの方を私は危惧する。
「敵対する国があるから、軍隊を持つ」よりも、
貿易などを通じて「敵対関係をつくらない」ことを優先するのが、
「国益を守ること」なのではないでしょうか?
みなさんからのご意見もお待ちしています。
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