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先週は塾生を連れて沖縄にスタディツアーに行ってきました。毎年実施している伊藤塾恒例の催しです。将来、法律を使って仕事をする人間にとって、沖縄はあらゆる意味で避けて通れない場所なのです。
1609年の島津による侵略、廃藩置県に伴う琉球処分、先の戦争における沖縄「捨て石」作戦、軍による集団死の強制、米軍占領統治下における陪審裁判、沖縄返還に際してのアメリカとの密約、銃剣とブルドーザーによる基地建設、日米安保条約と地位協定、代理署名問題と特別措置法、イラク戦争と沖縄米軍基地の役割、爆音訴訟、普天間基地移転問題、名護市住民投票、大浦湾の自然保護、そして辺野古のヘリポート建設反対運動。
とにかく問題が山積みです。どれ一つとっても簡単に理解し解決できるようなものではありません。ですが、平和と人権を考え、安全保障や国際貢献のあり方を考える際にも、沖縄は多くの示唆を与えてくれます。もちろん、こうした厳しい面だけではなく、沖縄の食べ物やお酒、歌や踊り、自然など楽しめることも山ほどあります。
今回は、辺野古に行き、ヘリ基地反対協議会代表委員の大西照雄さんのお話を聞くこともできました。徹底した非暴力の闘いの手法とその成果に驚き、沖縄に生まれ育った人々がかけがえない土地と海を守ろうとするその勇気と想い、特に沖縄のおじー、おばーの固い決意とエネルギーに感動した塾生も多くいたようです。
単にヘリポートが移転してくるだけかと思っていたら、珊瑚礁とジュゴンの海や埋蔵文化財をつぶして軍事要塞を作る計画になっていたのですから誰でも驚きます。自らの生まれ故郷を愛し、大切にする気持ちを持つ者なら、とんでもない負担を押しつけられることになるこうした計画に反対することは、人間として当然のことのように思われます。
自分たちの身近な自然環境や生活を守りたいという気持ちは極めて自然な感情です。いわゆる愛国心を上から法律によって押しつけようとすることがいかに愚かなことか、そして、こうして自分たちの生活の場と自然を守ろうとする闘いこそ、もっとも愛郷心に満ちた闘いであると感じました。
地元の負担という点では、北朝鮮の核実験問題が本土の新聞で大きく取り上げられているとき、沖縄の新聞ではもうひとつの問題が紙面を覆っていました。米軍の地対空誘導弾パトリオット(PAC3)ミサイルの配備です。 |
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米軍再編に伴って沖縄の基地負担軽減が実現すると思っていたところに、逆にPAC3が配備されることになり、むしろ基地機能が強化されていくのではないかという心配をもった沖縄の皆さんは少なくありません。嘉手納基地に配備させないための座り込み抗議運動の様子などが、詳しく紹介されていました。
巨大な輸送艦から次々と大型車両が出てきましたが、搬入に伴い使用される車両は約500台にも上るそうです。テキサス州にあったアメリカ陸軍第1防空砲兵大隊が嘉手納基地に引っ越してくることになったのですから、大変な大所帯です。4個砲兵中隊からなり、1個中隊あたり6基のパトリオットを持っていますから合計24基の配備となります。配置兵員600人、家族を含めると1500人が新たに沖縄で生活を始めます。こうした陸上部隊の大規模な配備は、沖縄の「本土復帰」以後では、1984年のアメリカ陸軍特殊部隊グリーンベレーの再配備以来とのことです。
これだけ大規模な装備展開であり、沖縄にとっては基地の負担軽減どころか、大きな負担増になるにもかかわらず、地元には一切の事前通知もなく、地元の意向を無視しての頭越しの強行配備です。沖縄県議会や知事公室長が遺憾であると訴えるのは当然のことですし、地元の皆さんが怒るのも当たり前です。
一方で、日本を防衛するためには必要ではないかという声も聞こえてきそうですが、射程距離15kmから20kmのミサイルです。標的が嘉手納基地の周辺に入ってこないと打ち落とせません。つまり、これは明らかに嘉手納基地を守るためのものにすぎないのです。ここでも、「軍隊は住民を守らない」という本質が露呈しています。
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こうして住民の皆さんが、その怒りを座り込みという非暴力の手段で表したことが、本土の右派の評論家の面々には異様に映ったようです。週刊誌などでは、右派またはリアリストを標榜する評論家の皆さんが、こうした座り込み運動を嘲笑しています。
そこには理不尽を押しつけられ続けた少数派へのいたわりや思いやりがまったく感じられず、ちょっと驚きました。北朝鮮の核の脅威があるこの時代に迎撃ミサイル反対とは何事だと言いたいのでしょうが、インテリと言われるような評論家でも、やはり他人の立場に立って想像力を働かせるということは本当に難しいことなんだなあと改めて認識しました。毎日の爆音と危険と隣り合わせの生活を強いられている人々が何を考えているかなどはまったく眼中にないようです。
北朝鮮の核実験が報道されるこの時期に、迎撃ミサイル配備反対を叫び、命をかけた座り込みで抵抗することなど、本土で優雅な生活を満喫している方々には想像もつかない愚行なのでしょう。私には、安保反対の声を聞きながらワイングラスを傾けていた政治家や、安全な参謀本部から前線の兵士に無謀な作戦命令を出し続けていた将校たちと、同じようなにおいがしてなりません。
本土にいながら沖縄を語る資格があるのか、沖縄で起こっている出来事を批判する資格があるのか、私自身、いつも自分に問い続けています。私も人を批判できるような立場ではありません。口先だけで仕事をしていますし、理不尽の最前線で身体をはって自分の故郷を守ろうとしている沖縄のおじー、おばーと比べたら、その生き様の薄さと軽さは悲しいほどです。
ですが、少なくともそのことを自覚しているからこそ、毎年沖縄に出かけ、自分の無力さを思い知るとともに、それでも何かできるかもしれないと沖縄から勇気をもらって帰ってきます。
沖縄は他国から何度も侵略されて、それでも沖縄らしさを保ち続けてきました。琉球の文化、伝統を守り続けて、沖縄であり続けてきました。琉球の時代から自らのアイデンティティを守るために軍事力によらない方法で闘ってきました。徹底した非暴力は沖縄の伝統です。
自衛隊の目的は、「わが国の歴史、伝統に基づく固有の文化、長い年月の間に醸成された国柄、天皇制を中心とする一体感を共有する民族、家族意識」という意味の国を守ることにあり、けっして個々の国民の生命や財産を守ることではないということが、統合幕僚会議議長までされた栗栖弘臣氏の「日本国防軍を創設せよ」(小学館文庫)に書かれています。
このコラムでも前に紹介した、軍事評論家の潮匡人氏の「常識としての軍事学」(中公新書ラクレ)でも軍隊の目的として同じことが書かれています。つまり軍事力によって、国柄、国の文化伝統を守るということです。
ところが、沖縄は軍事力によらないで、見事に沖縄の文化伝統を守ってきました。ちょうど私たちが沖縄を訪問していたときに、100年前くらいから世界各国に移民していった沖縄人(ウチナーンチュ)の方々の5年に一度の大会が行われていました。世界21カ国から約4000人の沖縄県系人が集まって、一体感、家族意識を共有していました。これも軍事力によって守ってきたものではありませんし、国から押しつけられた愛郷心でもありません。
たとえ、今、非常識といわれようとも、将来の世界の常識となるべきものがここにはいろいろあるように思えてなりません。私にとっての沖縄は日本の最先端であり、憲法の最先端なのです。
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