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戦争とは? 紛争とは? 国際貢献とは? そして平和とは・・・?
世界各地で「武装解除」などの紛争処理に関わり、
現場を誰よりも知る伊勢崎賢治さんが贈る、
とびきりわかりやすくてオモシロイ「平和学講座」です。
今回からは、いよいよ新シリーズがスタート。
日本でも「テロ特措法」の延長をめぐって大きな話題となっている、
アフガニスタンについてです。
いせざき・けんじ●1957年東京生まれ。大学卒業後、インド留学中にスラム住民の居住権獲得運動に携わる。国際NGOスタッフとしてアフリカ各地で活動後、東ティモール、シェラレオネ、
アフガニスタンで紛争処理を指揮。現在、東京外国語大学教授。紛争予防・平和構築講座を担当。著書に『東チモール県知事日記』(藤原書店)『武装解除 紛争屋が見た世界』(講談社現代新書)などがある。
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ドイツのベルリンに行ってきました。
後で説明しますけど、いまテロ特措法を延長するかしないかが、安倍首相の辞任の理由に関連していて、日本でスッタモンダしていますが、その関連で再び脚光を浴びているアフガニスタンに関する国際会議に出席するためでした。
携帯電話のデジカメで撮ったのでボケていますが、この写真。
ベルリン郊外にあるプレッツェンゼー記念館です。
今年7月30日、小田実さんが亡くなりました。その追悼番組ということでしょうか、だいぶ昔につくられたNHK『わが心の旅「ベルリン・生と死の堆積」』の再放送をたまたま観たのです。ここは元々古い刑務所でしたが、ナチが犯した悲劇の中で、ナチに反対して抵抗運動や政治活動をしたドイツの一般市民が、正当な裁判の審議もないまま、次々に処刑されていったところです。処刑された後でも、その遺族には、“処刑代”の請求書が届けられたそうです。
小田さんは、番組の中で、今はナチの虐殺を歴史の記憶にとどめるために記念館として保存されているこの建物(写真の建物の奥が、処刑室です)をバックに、声を震わせていました。僕は、当時ナチという時勢の大きなうねりに呑まれず、命をかけて正気を保ち続けたドイツ一般市民に、小田さんはご自身を重ね合わせたのかな、と勝手に解釈し、テレビのまえで柄にもなく目頭が熱くなって、小田さんがドイツに行くときには必ず訪れたというこのプレッツェンゼー記念館へは、絶対に行こうと思っていたのです。
今も現役の刑務所の一角にあるこの記念館の周りは殺伐としていて交通の便も良くなく、訪れる観光客は少ないようです。僕が訪れた日は休日でしたが、観光客の姿は無く、常駐の係員もいなくて、全く一人っきりで処刑室の中で目を閉じることができました。
処刑室の隣の部屋には、三千人近い被処刑者のうち、何人かのライフ・ストーリーが展示されています。その内の一人。天才と称されて将来を嘱望されていたピアニストの青年。恐れを知らない芸術家の奔放さが災いしたのでしょう。ひょんなところでヒトラー批判をした言動が知人の知人に密告され、プレッツェンゼー行き。
「政府」という存在。その「政府」の体制が大きく変わる時勢があるとき。その時勢のうねりの中で、社会の中の特定の人々の生存が脅かされ始めたとき。
その事実を目の前にしても、自分の意識から遠ざける。もしくは、そういう事実を体制が隠蔽しているという臭いを嗅ぎ取りながら、それ以上の事実の追及の義務を自分の意識から遠ざける。社会の絶対的多数の人々は、こうするのではないでしょうか。
そのくらい、体制に無批判で日常を過ごすことは、心地よいことなのです。誰でも自分の生活、食い扶持の確保が人生で最優先になります。その食い扶持を保障するのが、他ならぬ「体制」だからです。
そして、「反体制」な行動は、危険が伴います。今の日本では、無言のいやがらせ電話や、匿名の脅迫状ぐらいで済みますが、当時のドイツでは「体制」による処刑です。それがプレッツェンゼーです。
僕がこのコラムを書くに当たって想定している読者は15歳ぐらいですが、皆さんに「反体制」になれと説教を垂れる気持ちは毛頭ありません。僕は自分の息子たちにもそんなことはしないし、ただでさえ人生の反面教師になっているオヤジの立場が更に悪くなります。
だいたい、「反体制」がいっぱいいたら気持ち悪い。「反体制」が対抗する「体制」は大きなものでなくちゃ、「反体制」の意味がない。
15歳の皆さんは、音楽にスポーツに、そして恋だけを考えていればいいのです。しかしたまたまこのコラムを目にして、ちょっと興味が芽生えて、小田さんのことなどを更に知りたいと思う人が、そうですね、皆さんのクラスに一人いるかいないか。そんな感じでよいのです。
今回なぜ、僕がこんなに小田さんのことを書くのかって?
生前、一度だけお会いしているのです。それは、小田さんが入院される前の今年3月10日、「九条の会」の招きで「国際紛争の解決は9条の心で」という講演会を二人でやらせていただいたのです。
それまでの僕にとっての小田さんはあくまで雲の上の高名な思想家で、僕が20代のとき、バックパッカーたちのバイブルだった小田さんの本『何でも見てやろう』にちょっと対抗して、何でも見るだけじゃだめだ、とインドの貧民窟に住み着いて、そこの住民の側に立って「反体制運動」をしたのが、そもそもこういう道に入るきっかけでした。
この小田さんとの講演会の記録は、「九条の会」から小冊子として出ています。定価300円で口語体の大変読みやすいものですから、興味ある方はどうぞ。
さて、今回のベルリン訪問の目的だった国際会議の焦点、アフガニスタンです。
混乱の続くアフガニスタンでは、現在二つの国際社会による軍事作戦が行われています。
ひとつは、通称OEF「不朽の自由作戦」。2001年の9.11の同時多発テロ後、その犯人のテロ組織アルカイダと、それを匿った当時アフガニスタンを支配していたタリバンという政治宗教グループを「世界の敵」と捉え、それらをやっつけるというもの。これは、そもそもアメリカ本土が同時多発テロで攻撃されたことを「戦争」と見なし、アメリカ自身の「個別的自衛権」、つまり正当防衛という考えで、その犯人たちが潜伏しているアフガニスタンを報復攻撃したことから始まりました。そこにNATOという軍事同盟が加わります。つまり、一つの同盟国の危機は同盟全体の危機と捉え、その国の個別的自衛に加え同盟として一緒に戦う(集団的自衛権)という考えです。イギリス、フランスなどが加わりました。
アフガニスタンで行われているもう一つの軍事作戦は、通称ISAF「国際治安支援部隊」。これは、同時多発テロを受けたアメリカのアフガニスタンへの報復攻撃で、一応タリバンを隣国パキスタン国境へ追い出すことに成功した後、焦土と化したアフガニスタンに安定した民主国家をつくるために治安維持のお手伝いをするというもの。これは、国連が、国連憲章第7章で定める「国連的措置」という考えで、国連加盟国全体、つまりアフガニスタンと全く関係のない例えばアフリカの小さな国にも、国連加盟国である限り、参加を呼びかけるものです。
どうも、日本では、この「集団的自衛権」と「国連的措置」という考え方が混同されているようです。
「集団的自衛権」とは、同盟関係、つまり、「国益」を共有する密接な利害関係のあるものどうしが、みんなで自分たちの身を守るという性格のもの。
「国連的措置」とは、自分とは利害関係の全く無い、例えばアフリカの貧しい国の人道的危機を救うことを「世界益」と捉え、国連加盟国全体として、つまり富める国もそうでない国も皆で窮地に陥った人々を助けようという性格のものです。このコラムで紹介したシエラレオネの国連PKO活動を思い浮かべてください。
このように、同じアフガニスタンで行われているこれらふたつの軍事作戦は、その成立過程も国際法上の根拠も全く違うものなのです。
奇妙なのは、「国連主義」をずっと掲げながら、NATOの加盟国でもない日本が参加しているのがOEF「不朽の自由作戦」で、これが今国内で焦点になっているテロ特措法による自衛隊のインド洋での給油活動です。
もう一つ、忘れてならないのは、「2次被害」という問題です。OEF「不朽の自由作戦」は、テロリストを抹殺するという性格のものですから、大変攻撃的な作戦です。そして、なるべく米兵や同盟国の兵士に犠牲が出ないよう効率的に敵を殺すために、空爆を主体の戦術を使います。ところが問題なのは、テロリストは一般の人々の居住区にまぎれているのです。だから、テロリストがいるらしいという情報を受けて、その場所を空爆する。その破壊力は大変大きいものですから、当然テロリストとは関係の無い人々が犠牲になる。子供たちもです。これを2次被害:コラテラル・ダメージと言いますが、この犠牲者が大変な数になっているのです。報道によると、2001年の報復攻撃のときだけで、同時多発テロのニューヨークの世界貿易ビルで犠牲になった人数、三千人を超えているということですし、その後この犠牲はずっと数を重ね、今年の年内に起こった数字だけをとってみても既に400人余りの子供を含むアフガン市民が犠牲になっています。そして、この作戦をインド洋上で支援しているのが日本なのです。
次回も、この辺の事情を更に掘り下げますので、読者の皆さんは、ここで「集団的自衛権」と「国連的措置」の違いをしっかり把握することをお勧めします。ちょっと難しいかもしれませんが、国連憲章の和訳、特に第7章、第51条の国連全体の国連的措置と「自衛権」との関係を見るだけでもよいと思います。
アフガニスタンで今、何が行われているのか。
日本は、そこにどのように関わっているのか。
そして、国連憲章の和訳は、こちらから読むことができます。
「第7章 平和に対する脅威、平和の破壊及び侵略行為に関する行動」
について読んでみましょう。
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