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この人に聞きたい

090107up

土屋トカチさんに聞いた

楽しく働くために必要なこと

「フツーの仕事」って何だ? 
普通に生活ができて、楽しく生きがいを持って働ける、
そんな当たり前のことができない社会なんて、絶対におかしい。
憲法と法律が保障しているものって、何? 
ドキュメンタリー映画「フツーの仕事がしたい」を監督した、
土屋トカチさんにお話を聞きました。

つちや とかち
1971年・京都府舞鶴市生まれ。阪神・淡路大震災の起こった1995年3月に上京。97年、 新宿野宿者支援イベントにおいて、あるビデオ制作者に出会いビデオ制作に興味を持 ち、以降バイトをしながら映像の勉強を始める。2000年、ネット上のストリーミング 動画配信会社に就職。同会社ページ内の番組ディレクター等を担当。2002年3月、同 会社を会社都合により解雇。退社。以降、フリーでビデオ制作を行う傍ら、労働問題 にも関わり続けている。「映像グループ ローポジション」「レイバーネット日本」


「フツーの仕事がしたい」より

映画「フツーの仕事がしたい」が
出来るまで

編集部

 以前、雨宮処凛さんのコラムでも紹介されていた映画「フツーの仕事がしたい」をようやく見ることができました。「リアル“蟹工船”」と呼ばれたこの映画は、今また全国各地でトークショーと合わせて上映中ですね。「派遣切り」や「年越し派遣村」にメディアが注目したことで、「労働」や「雇用」をとりまく問題にも、だんだんと関心が高まっているようです。

土屋

 2006年から撮り始めて完成し上映したのが、昨年の夏。その後もあちこちで声がかかるようになりました。

編集部

 この映画は最初、ユニオンの方から持ちかけられて撮ることになったそうですね。

土屋

 そうです。僕が最初に主人公であり、セメント輸送運転手の皆倉信和さん(36歳)と出会ったのが、2006年4月のことですが、その数日前に彼が加入したユニオン「全日本建設運輸連帯労働組合」から連絡があり、依頼されました。皆倉さんは、05年の11月の初めに、ユニオンに入ります。組合に入ると、会社側には「公然化」といって組合に入ったことを告げるわけで、皆倉さんは翌年3月にそれを行います。そうすると、様々ないやがらせがはじまるわけです。「なんで組合になんか入ったんだ。すぐにやめろ。会社に損害が出たら、おまえのせいだからな、そうなったら、おまえが会社をやめても地の果てまでも追いかけるからな・・・」など、経営者の用心棒みたいな人に執拗に言われ、脅され、ついに彼は、組合を脱退する届けを書いてしまうところまでいくんです。で、組合の脱退届けを出したことで、退職届けを出せと今度は会社から言われてしまう。そうした話し合いを続けていく中で、相手が普通じゃないし、嫌がらせもエスカレートしてきて、ひどい暴力を受けるおそれもある。そうなったらいけないので、映像をとっておいて欲しいと、ユニオンより依頼を受けたというわけです。

編集部

 主人公の皆倉さんのお母さんが亡くなって、その葬儀場にまで、会社側の人たちがやって来て、怒声をあげて皆倉さんに詰め寄るシーンなど、あまりにひどくてびっくりしました。あれ、いわゆるマル暴の人と関係のある会社だったんですか?

土屋

 いや、正確には彼らはやくざではなく、ちんぴらなんです。ただ、脅すように○○組と関係がある、なんて言ってましたが、本当はそうではなかったようです。しかし、彼らは喧嘩がうまい。僕も最初、カメラ持っていったら、たばこの火をおしつけられたりしましたし、ユニオンの人も、カメラがまわってないところで、蹴られたり、血まみれになってました。
 しかしこれは、かなりめずらしいケースだと思います。これまで暴力事件はあっても、葬儀場にまでやってくるというのは・・・。あのユニオンでも20数年間専従やっている人も、ここまでひどいのは初めてだと言ってましたから。まぁ、あそこまでになると、労働問題というよりは、人権問題そのものですが。

編集部

 あまりにもしつこいし、あからさまに暴力的なので、この会社、闇の部分とつながっているのかな・・・と想像してしまったのですが、そうでもないんですよね?

土屋

 僕の知る限り、そうではないようです。

編集部

 それにしてもあんなことがあると、みんなひるむし、いくらおかしいと思っても、交渉を続けるのやめてしまいますよね?

土屋

 ええ、ふつうやめるでしょうね。


「フツーの仕事がしたい」より

労働者が雇用主と対等になるには

編集部

 でも支援している労働組合の人たちも、凄みがあった。自分たちに直接的な利益にならないことを、仲間の労働者のためにここまでやる、これは相当に力強いですね。

土屋

 相手と同じぐらい声はってやらないと、交渉になりませんからね。その一面だけとらえられて、“過激な組合”というような見られ方をされる方もいますが、小さい声で事務的にやってても、負けてしまいます。組合の人たちも、ダンプや生コンの運転手さんたちが主な構成員ですから、いわゆるトラック野郎的な人が多いというのもあるかもしれません。主人公の皆倉さんは、ぜんぜん違うタイプですけれど。

編集部

 それにしても、2006年の時は、皆倉さんの話って、ある意味特殊なケースとして見られていたでしょうが、2009年の今や、一つの大きな社会問題として明るみに出てきました。

土屋

 そうですね。組合に入って交渉したからといって、葬儀場までいやがらせにやってくるのは、特殊なケースなのかもしれませんが、突然会社から首を言い渡され、放り出される感じはこの映画で撮ったことと同じでしょう。それが今、あらゆる人にも起こりうることになってしまっています。皆倉さんの場合は社員でしたが、派遣の人たちは、今、毎日すごい数の人たちがそういう目にあっています。

編集部

 そういう意味では、一人でも組合に入ることができるし、二人いれば組合を作れて、団体交渉ができるということを、みんなに知らせる、いわゆる啓蒙活動が必要だと思うのですが、この映画はその役割をしっかりと果たしていましたね。私もこれまで、組合を作ることで権利を勝ち取ったという体験談を聞いたり、新聞記事で読んだりはしてきましたが、実際にドキュメンタリーの映像で見ると、「おおっ、こうやって“勝ち取るんだ”ということが、よくわかりました。
 映画の最後の方で、主人公のお父さんが「みんながいたからできたこと。一人じゃここまでできなかった」とつぶやいていますが、「組合をつくって交渉する」ことの意味を、まさによく表していたと思いました。


「フツーの仕事がしたい」より

自身の労働組合体験から学んだこと

土屋

 僕自身が同じような経験をしてきましたからね。2001年に2年ほど映像制作の会社に勤めていたんですが、ある日、そこを突然解雇されそうになったのです。社長は、「フリーになってくれれば、仕事は必ず出すから」と言うんだけれど、「口約束しても仕事はこないだろう」と思い、先輩に相談したところ、組合に行くことを勧められたんです。
 それまで僕は、労働組合にはいい印象がありませんでした。春闘になるとハチマキを締めて、徒党を組んで大声で何か文句言ってる人たちというイメージしかなくて、いやだなあ、こわいなあ、相談に行ったら、すぐに加入誓約書とか書かされるのかなあ、なんて思っていたんだけれど、そんなことはなくて、親身になって話しを聞いてくれました。

編集部

 それはどこの組合に行ったのですか?

土屋

 「管理職ユニオン」です。今も新宿にあるユニオンです。その名の通り、管理職の人たちを中心としたユニオンで50代ぐらいの人が多く、若い人は少なかったですが、そこに入ってからは、会社と交渉して、半年ぐらいで円満に退職しました。

編集部

 “団交”とかもしたんですか?

土屋

 しましたよ。そうやって解決金をもらって、そのお金でビデオカメラを買って、次の仕事につなげたりでやってきたのです。雇用保険も会社都合にできたから、すぐに支払いを受けられましたし。でも、組合に入らず、会社と団体交渉しなかったら、解決金もないし、雇用保険もたぶん自己都合にされていただろうと思います。現に、僕と一緒に10数人がクビになったのですが、みんな会社からただ放り投げられていましたから。

編集部

 ええっ、そうなんですか? では、交渉した土屋さんにだけ「解決金」は支払われた?

土屋

 そうです。僕はその時、会社からクビを言われた人たちに、一緒に組合に入って交渉しようと誘ったのですが、みんなから「あいつは左翼だ」とか、「自分だけ良ければいいんだろ」とか言われ、あの頃、会社では僕は遠ざけられてましたね。

編集部

 そんな気取ってる場合でもないですよね? 死活問題なのに・・それはいつのことですか?

土屋

 2002年ですね。ちょうど9.11の直後で、「これで世界は変わるな〜」とか言っていたら、自分の職場と環境が真っ先に変わっちゃった(笑)

編集部

 そうした土屋さん自身の組合との関わりや体験が、この映画の視点だったり、その後に労働組合のイメージアップや労働組合のゆるやかなネットワークをうたった「ユニオンYes! キャンペーン」を進めていくことになるんですね。
 実は、私はつい最近まで、労働組合って何をするものなのか、何をしているところなのか、まったくよくわかっていなかったんです。「労働者の権利を守るためのもの」っていう認識がこれっぽっちもなかった。まあそれは、私の勉強不足でしかないのですが、学校を出てすぐに入った会社が、社員は全員組合員という制度になっていて、何をしているところかよくわからないのに、いつも給料から組合費が天引きされているから、なんなんだろう、これは?と思ってました。「オルグしますから食堂に来て下さい」と呼びに来られても、「仕事の邪魔するな」みたいに思っていて。あと新人の時は、組合主催の懇親会とかスキー合宿とか誘われましたが。すみません、労働組合って私にはそんな記憶しかなくって。

土屋

 それが普通だと思いますよ。その時の組合は、労働者は必ず労働組合に加入しなければならないとする、いわゆるユニオン・ショップ制*1というものですね。大企業に多いケースです。

*1 ユニオン・ショップ制:労働者が企業に採用される際に、必ず労働組合に加入しなければならず、また労働者が組合から脱退・除名された場合は、企業側がその労働者を解雇する義務を負うというシステム。経営側からの脱退工作などを防ぎ、組合の拡大・強化につながるとされるが、その組合が経営側と一体化した、いわゆる「御用組合」化しているなどの問題が指摘されている。

編集部

 組合の幹部になることが、出世コースの一つみたいになっていて、そのためにやる、みたいな風潮があったのを覚えています。

土屋

 ああ、それは僕の一番嫌いなタイプの労働組合です。堕落してますね(笑)。僕も27,8歳のころ、冷蔵庫作る電気メーカーに請負で働いていたことがあったのですが、5月に組合員の人だけ親睦会と称して旅行に行ったり、1月に新年会で「団結」とか書いたハチマキしめて、餅つきをするのですが、餅が配られるのは社員だけで、僕らみたいな請負の人には配ってもらえない。「何が団結やねん」とめちゃくちゃ悔しい思いをしたものです。

編集部

 そこに、いわゆる昔ながらの正社員だけを守る組合の問題があるわけですね。非正規や派遣労働者とは切り離して考えてきた、自分たちの権利だけを主張し守る組合のあり方は、今後、変わっていかざるをえないでしょう。


「フツーの仕事がしたい」より

希望は、ユニオン!

編集部

 映画をこれから見る人には、あまり内容を言わない方がいいのだろうと思いますが、見終わって「ここには希望がある!」と思いました。

土屋

 やはり劇場公開映画ですし、「主人公がこんなひどい目にあって、死にかけました」で終わったら、多くの人に見てもらえないだろうし、僕も希望がある映画のほうが好きですから。こんな風にうまく何もかも良い方向に解決できるのは、まれだよ、なんて実際に運動に長く関わってきた人から、言われたりしましたけれど。
 映画の最後で、憲法28条*2の条文を映し出し、その説明をしているのは、労働者の権利を守るこんなにいい憲法、法律があるのに、何で使わないのかな、と。これは、自分が労働運動に関わってきてずっと思っていることなので、しっかりと入れました。特に若い人へのプレゼントみたいな思いもあります。

*2 憲法28条:「勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する。」どうしても弱い立場にある労働者を使用者と対等の立場に立たせるために、労働基本権が保障され、団結権、団体交渉権、団体行動権の労働三権がある。

編集部

 日本の労働組合法は、世界でもまれな労働者の権利を保障する素晴らしいもの、という話を聞いたことがあります。

土屋

 二人以上集まれば労働組合が結成できます。そして労働組合が会社に交渉を申し入れたら、会社は交渉を拒否することはできません。当事者が一人いて、それを支援する人がいれば、組合活動はできるんです。アメリカの労働組合法だと、職場の過半数を組合員が組織しないと交渉権が確立しませんし、ヨーロッパは業種別でしか組合が作れない。でも日本だと、職種を横断してできるし、役職がついていても、社員でもフリーターでも、労働者が二人いればできちゃう。漫才のコンビ探すのと同じ感覚かな(笑)。

編集部

 それは、漫才のコンビを探す方が、よっぽど大変でしょうね(笑)

土屋

 28条も労働組合法も、9条と同じぐらい世界にほこれる条文・法律ですよ。でもやっぱりそこは、使わないと効力を持たないし、声をあげないとダメです。

編集部

 使っていないと、いつのまにかどんどん解釈を変えられたりというか、堂々と法律違反が既成事実としてまかり通りますからね。今回、労働基準法*3を初めて読んでびっくりしました。これじゃあ、日本にあるほとんどの会社が、法律違反じゃないですか?! 逆に言えば、ここまで労働者の権利を保障していて、すばらしいと思いました。憲法27条*4、28条、そして労働三法*5について、もっと学校で教えた方がいいし、働く人は、労働基準法は、一度読んだ方がいい。

*3 労働基準法:労働条件の最低基準など、労働に関する諸条件を定めた法律。正社員のみならず、パートタイム、アルバイト、派遣労働者などすべての労働者に適用される。

*4 憲法27条:「すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ」。2項に「賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める」とある。

*5 労働三法:憲法27条、28条に書かれてある労働基本権について、具体的に法律化したもの。労働組合法、労働関係調整法、労働基準法の三法がある。

土屋

 労働の問題は自分自身の問題でもあるし、働いている人、全てに当てはまることです。映画人もとかく、自分の世界にこもっている人が多くて、「好きな事を仕事にしているのだから」ということで、なんとなくうやむやになっているところがあるのです。出版や編集の世界もそうでしょ? だから、労働問題は、特別な人たちの話ではなく、自分たちの問題として考えていけばと思います。

編集部

 希望は、「労働組合」ということで、新しいユニオンのあり方に注目ですね。ありがとうございました!

映画「フツーの仕事がしたい」は、全国各地で上映中です。
自主上映や様々なイベントと絡めた上映もありますので、
近くの方は、是非、駆けつけましょう!
 詳細は、公式ホームページで。

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●現在、東京・渋谷のアップリンク
アンコール 上映中(土屋監督によるトークもあり!)。

● 今後は大阪、京都、神戸でも劇場公開が予定されているほか、
1月23日(金)エル大阪南館大ホールにて上映会+シンポジウム。
詳しくは、「お 知らせメモ」にあります。
 

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