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2012-07-04up

この人に聞きたい

都鳥拓也さん・伸也さんに聞いた

自殺のサインは見えにくいけれど、
『ここにくれば助かるよ』とシグナルを
発することはできる

年間3万人。1日にならすと毎日100人もの命が、自殺によって失われています。内閣府の調査では、大人の4人に1人は本気で自殺を考えたことがあると回答し、いつ、自分の身近な人が自殺してしまってもおかしくない状況になっています。でも、「自分になにができるかわからない」と立ち止まっている人も多いのではないでしょうか。
日本でもっとも自殺率の高い秋田県での先進的な取り組みを凝縮した『希望のシグナル』は、そうした人たちへのヒントがたくさん詰まった映画です。双子の兄弟である、監督の都鳥伸也さんと、撮影・編集の拓也さんに、作品ができるまでの道のりを伺いました。

とどり・たくや(左)、とどり・しんや(右)
岩手県北上市在住。小6で同級生らと特撮映画を撮影。その後も映像作品を作り続け、2004年日本映画学校卒。映画監督・武重邦夫さんとともに、映画『いのちの作法-沢内「生命行政」を継ぐ者たち-』(08年)、『葦牙―あしかび―こどもが拓く未来』(09年)をプロデュース。現在公開中の『希望のシグナル』は初監督作品。双子の兄拓也さんが撮影・編集、弟の伸也さんが監督を担当した。7/13(金)までポレポレ東中野(東京)でモーニングショー。以後、大阪、名古屋、横浜で上映予定。

自殺の原因究明から、自殺“対策”を語り合う時代へ
編集部

『希望のシグナル』というタイトルに込められた思いを聞かせてください。

伸也

 秋田市で自殺防止活動をしている佐藤久男さんが、よく言っていたんです。「死を考えている人のサインはなかなか見えないけれど、周りの人が『ここにくれば助かるよ』とシグナルを発することはできる」と。

 佐藤さんは秋田県内では有名な企業を経営していましたが、不況のあおりで会社の倒産。精神的にかなり追い込まれたことがあります。その後、知人の経営者が自殺したのを機に、2002年、『NPO法人 蜘蛛の糸』を立ち上げました。自身の経験をもとに、経営者の相談にのっているほか、"シグナル"を発するべく新聞やテレビの取材に積極的に応えています。『蜘蛛の糸』には、佐藤さんが載った記事を握りしめて相談しにくる人が大勢います。

拓也

 今回の作品は、あくまで自殺"対策"がテーマなんです。「どうして自殺が多いのか?」という原因究明ではなく、佐藤さんのように「こうしたら自殺を防げる」という自殺対策をみんなで共有したくて、撮り始めました。2006年に自殺対策基本法ができ、自殺問題は「原因」から「対策」を語り合う時代に変わったと思います。

ドキュメンタリー映画が「自殺」を扱う意味
伸也

 自殺の原因究明を扱うなら、ドキュメンタリーよりも主人公を立てた劇映画のほうが向いています。自殺の原因は非常に個別的で、ドキュメンタリーで追及するのは限界がある。まず自殺した本人には取材できないし、遺族が語るにはあまりに大きな苦痛を伴います。ドキュメンタリーで個別ケースを撮るには、常に壁があるんです。

拓也

 今回の作品でも、撮影が中止になったり、撮っても使えないシーンがたくさんありました。『蜘蛛の糸』を訪れた相談者の撮影は、直前になって本人の精神状態がよくないということで中止になり、思っていた以上に撮影は難航しました。

 でも、僕たちは、社会の動きを描くのが、ドキュメンタリーの役割だと思っています。自殺で長男を失い、自死遺族の自助グループ『藍の会』を立ち上げた田中幸子さんは、相談者からの電話を受ける机の上に、息子さんの形見の鏡を置いています。その鏡は、後ろにある息子さんの遺影がちょうど写るようになっているのですが、こういうことはシナリオで書こうとすると嘘くさい。ドキュメンタリーだからこそ、彼女の活動の様子をそのまま伝えられたシーンでした。

伸也

 ドキュメンタリー映画は、どこまで被写体に迫れるかが勝負で、ときに強引な手法もやむなしという面があります。でも、今回はそれをしたくありませんでした。取材で会った人の自殺対策が実を結ぶことを優先させたかったからです。

(C)『希望のシグナル』サポーターズ・クラブ/ロングラン映像メディア事業部

普通の人の、普通の行動が自殺を防ぐ
編集部

お二人にとって、自殺対策は以前から考えていたテーマだったのでしょうか。

拓也

 僕は高校くらいから常に頭のどこかにありました。人付き合いが苦手で、社会に適合できないことで生きにくくて。高校の最後に、自殺をテーマにしたシナリオを書いているんですよ。「こうすれば自殺せずに済む」っていうことを探るために。その時出した結論は基本的に今とあまり変わらなくて、誰かが支えることができれば、人は自殺しないで済む。自殺対策は、みんなが生きやすい社会にするということでした。

伸也

 ここは兄弟で感覚が違っていて、僕は現象としての自殺に、それほど興味がありませんでした。でも、佐藤さんに出会ってからは、二人の方向性が一緒になりました。

 社会では、"自殺は個人の自由だ"という風潮もありますが、自殺は追い込まれた死です。孤立せずに寄り添う人がいれば、もっと生きられることが取材を通して明確になっていきました。藤里町で発足した『心といのちを考える会』の袴田俊英さんは、毎週1回、1杯100円のコーヒーサロン「よってたもれ」を開いて、集まる人たちに寄り添っています。

編集部

『希望のシグナル』のポスターやチラシは、黄色いエプロン姿で微笑む袴田さんですね。

伸也

 一見、自殺をテーマにした映画とは思えないほど明るい印象でしょう。秋田の自殺対策に取り組んでいる人たちは、みなさん明るいパワーを持っていました。

 袴田さんの本業はお寺の住職ですが、僧侶として活動しているのではありません。ただの"おじさん"として話を受け止め、コーヒーをいれています。

 常連さんの1人の精神障害のある方は、いつも独学で得た宗教の知識で袴田さんに議論を挑みにくるのですが、その方、普段はけっこう暗い表情をしているのに、サロンにいるときはニコニコしています。議論では袴田さんに負けちゃうんですが、そのやりとりが彼にとって嬉しいことなんだと思います。

拓也

 袴田さんは、「自殺対策は、特別な人の特別な活動ではない」といいます。素人で普通の人たちが無責任なことはできないけれど、人と人とをつなぐことは誰でもできると。愚痴をいったり、ただひまをつぶすだけの"場作り"が、自殺を考える人を引き止めています。

(C)『希望のシグナル』サポーターズ・クラブ/ロングラン映像メディア事業部

どれだけ「つながり」の間口を広げられるか
編集部

秋田県には、自殺対策に取り組む民間団体が40以上もあるそうですが、行政主体の自殺対策とはどこが違うのでしょう?

伸也

 民間団体の活動は、必要な人が自主的に行動しているから、参加者にとっても間口が広く、受け入れられやすいんだと思います。

 行政が主体だと、どうしても間口が狭くなったり、予算消化のためにタレントを呼んでイベントをするとか、ニーズに合わない対策になりがちです。上手に二人三脚ができるのが理想ですね。

 袴田さんたちは、民間団体と行政や医師会、商工会などが一体となった『秋田ふきのとう県民運動実行委員会』を発足させ、自殺対策を深化させています。民間が行政を動かして、情報を共有するネットワークは、もっと強固になるといいと思います。

拓也

 ネットワークができて、居場所が増えると、それぞれに合ったところを選べるようになります。自殺対策は当事者の相談だけでなく、精神障害者のケアも重要な位置を占めますが、秋田県には、精神障害者が気軽に立ち寄れる『こころの自由空間ユックリン』や、精神保健の問題に取り組む『佐藤工房』(さとこぼ)があります。

 また、藤里町のよさこいの会『素波里 狢(すばり むじな)』のように、地域の人々がつながる場としての自殺対策もあります。
 僕らの住んでいる北上市にも組織はありますが、お互いを知らないことが多い。もっと情報交換をして、それぞれの地域に合った対策が広がるといいと思います。

編集部

年間自殺者3万人という数字は、あまりに膨大で、何かをしようにもなす術がないと思わせます。でも、答えの1つは「つながる」というシンプルな方法だったんですね。

伸也

 『希望のシグナル』は、本当に人のつながりでできた映画です。制作費は、地元の企業や、以前の作品でお世話になった方からのカンパをつのったほか、インターネットでサポーターを呼びかけてなんとか集まりました。エンドロールもふくめて、つながることの大事さを伝えられる作品になっています。

 自殺を考えている当事者はもちろん、「自分にはなにができるんだろう」と思っている人に、ぜひ見に来てもらいたい作品です。

(構成/越膳綾子)

「普通の人」たちがつくり出す場が、
「追い込まれた死」を防ぐことにつながる。
7月7日(土)にはポレポレ東中野での上映後、
監督の伸也さんと精神科医の斉藤環さんのトークショーも予定されています。
東京近郊の方はぜひ。

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