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たなかゆうこ
法政大学社会学部・メディア社会学科教授。専門は、日本近世文化・アジア比較文化。
1952年横浜生まれ。法政大学大学院博士課程修了。近世文学を専攻後、研究範囲は江戸時代の美術、生活文化、海外貿易、経済、音曲、「連」の働きなどに拡がってゆく。
江戸時代の価値観から見た現代社会の問題に言及することも多い。
書著に『江戸の想像力』(ちくま学芸文庫)、『江戸はネットワーク』(平凡社)、『江戸百夢』(朝日新聞社)、『江戸の恋』(集英社新書)『樋口一葉「いやだ!」と云ふ』(集英社新書)『江戸を歩く』(集英社ヴィジュアル新書)他、多数。 |
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編集部 |
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前回のお話では、「たまたま作られてしまった」憲法9条は、日本人を超えて、人類にとっても「めったいにない」チャンスであったと。そして日本の戦後は、その9条を守るために、国を挙げて努力しなくてはいけなかったのに、それがなされずに、今は、「戦後放棄」にきているというお話でした。
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田中 |
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きちんとした外交をやれなかったその背景には、やはり日米安保体制があったと思います。本当に、ここに一人で立たなければいけない状況になったら、しかもこの憲法を守っていかないと、周りの国から何をされるか分からない、という状況になったならば、もっと必死にやったかもしれません。ところが私たちが必死になったのは「お金を儲ける」ということで、一つの国として姿勢を堅持していく必死さ、というところまで思い至らなかった。その背景には「アメリカがいつでも支えてくれる」という思いがあって、まあ、それでいいだろうと、なんとなく誤魔化し続けた結果でしょう。誤魔化しの行き着く先が自衛隊、そしてこれがついに軍隊になろうとしているわけです。
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編集部 |
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伝統という話に戻れば、アメリカにくっつきながら「伝統を守れ」と叫んでいる人たち、これは相当な語義矛盾なような気がしますが。 |
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田中 |
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そうです。アメリカは、天皇制を残すことによって日本を支配しようとしたのです。アメリカが日本を直接支配するというのは、難しいですよね。つまり占領地、植民地状態になるわけですから、いつ反乱が起こるかわからない。そこで、占領地なのに占領地に見えないテクニック、それが天皇制を利用するということだったのでしょう。これは賢い戦略だった。なにしろこのために、日本人は自分たちが占領されているとは思わなかった、でも本当は占領されていた、つまり、安保体制という名の下に占領されて----。
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編集部 |
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その政策にこれまでの政府が乗っかってやってきた。なにしろ、「占領軍」を「駐留軍」なんて言い換えるような政府ですから。 |
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田中 |
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アメリカとしてはどうしても天皇制を守らなければならなかったわけですね。そこに大きな捩じれができてしまった。だから、アメリカ批判をすると、右翼の人たちが怒ったりするわけですね。あれが、私は前から凄く不思議なんです。 |
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編集部 |
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そうですよね。普通、右翼は民族派なわけですから、基本的には反米でなければおかしい。 |
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田中 |
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でも、本当は右翼の人たちもそこはよく分かっているんじゃないでしょうかね。 |
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編集部 |
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最近、改憲論議が凄まじいです。特に、これはアメリカからの押し付け憲法だから改正すべき、というのが改憲派の決まり文句のひとつですね。だったら、そのアメリカと一度手を切らないとおかしいと思うんです。もし改憲して、今以上に日本の文化伝統を守り続けていくというのであれば。 |
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田中 |
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そうですよね。安倍さんなんか、アメリカが作った憲法だから改正しようと言いながら、アメリカの言い分をほとんど丸呑みにしています。まあ、小泉さんもそうでしたけれど。これは明らかに論理破綻していると思いますよ。
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編集部 |
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日米安保体制を堅持して、米軍基地を沖縄に押し付けたまま・・・。 |
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田中 |
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そうなんですよ。防衛庁を防衛省にして、やがて軍隊を作って、というのなら、まずその前に、米軍は沖縄から撤退してください、うちでやりますから、というのが筋道でしょう。でも依然としてそのまんま。やっぱり、アメリカの言いなりになっているとしか思えない。 |
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編集部 |
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本当に自立した国になるためにも、憲法九条は堅持しなければならない、と。 |
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田中 |
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その一番大きな理由は、先ほども言いましたけれど、私たちは大きなチャンスを手にしている、ということなんです。憲法九条とは、私たちが「目指すべきもの」としてある。それも、「日本人として」ではなく「人間として」目指すべきもの、それが目の前に文章としてちゃんと存在している、ということの凄さ。それを捨ててしまうのか、という危機感があるということです。
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編集部 |
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では、堅持していくためには私たちはどうすればいいと---。 |
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田中 |
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いろんな努力、とくに外交的な努力です。九条を堅持するためにはそれしかないでしょう。外交的な努力とは、言葉による相互理解。そのためにはお互いの文化理解が当然必要になります。だから、日本人が日本文化をきちんと理解していて、相手に説明をしなければならない。これが文化理解なのです。つまり、憲法九条を守るためには、まず日本文化を大切にしなければならない。実は、そういう道筋になるはずなんですよね。それこそが外交努力の基本なのだから。
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編集部 |
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ところが、その日本文化理解がうまくいっていない。 |
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田中 |
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そこをきちんと押さえずに、愛国心だとか教育改革だとか言うから妙なことになる。相手にこちらの言葉が伝わらなくなると、最終的には努力の放棄です。ということは、外交のための言葉の努力、人間関係の努力、文化理解の努力、それを相手方に伝える努力、そういったものを全部放棄することにつながります。そうするとどうなるか。つまりは、軍隊と、もう少し先には核武装、ということになるのではないでしょうか。
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編集部 |
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力による外交。 |
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田中 |
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つまり、力に頼って相手を脅して均衡を保つ、という筋道でしょう。次第に日本もそういう考え方に移行しつつあるんじゃないでしょうか。「普通の国」になることがいい、などと言う政治家が増えています。それは確かにアメリカもイギリスもフランスもやっていることですね。中国も核を持っている。だから日本も「普通の国」になって力で対抗しよう、それが果たしていいことなのか。
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編集部 |
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いわゆるバランス・オブ・パワー論ですね。でも、こんなのは冷戦時代の産物であって、もはやそんな考え方は古くなっていると思っていたんですけどね。 |
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田中 |
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本当はそうだったはずです。ところが、そんなゾンビを生き返らせたのがアメリカだと思うのです。もうアメリカは世界を牛耳る唯一つの国ですから、バランスなんか関係ないはずでした。でも、そのアメリカがいちばん恐れているのが中国です。それは朝鮮戦争、ベトナム戦争以来、ずっとそうですね。そこでこのパワー論が息を吹き返すのです。アメリカは中国に対抗するために日本が必要なのです。ロシアが敵対国でなくなって、いまや中国だけがアメリカの喉もとに刺さった棘なのでしょう。だから日本はアメリカにとってどうしても手放せないアジアの拠点です。
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編集部 |
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したがって、日本はアメリカの言いなりになるしかない。 |
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田中 |
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それが、戦前の記憶とダブってくるけれど、実は戦前と根本的な構造が違うと思っているのは、日本はアメリカに踊らされているだけじゃないかと。アメリカの言う通り、ほとんど何も考えずに動いている。戦前はむしろ、日本が自分たちの考えで何をするか考えていた分、今よりも偉かったのではないかとさえ思えてきますね。結局は軍部が台頭して、あの戦争という大失敗に突入してしまいましたけど。
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編集部 |
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その轍を踏まないためにも、九条を失くしてはいけないと。最後に、田中先生から、読者の皆さんにどうしても伝えておきたい、ということはありませんか。
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田中 |
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それこそ「日本文化をよく知ってください」ということですね。私が言っていることは、かなり民族主義的ですよ。右翼の方々と意見が合いそうに思うんですけどね。それと、アメリカには気をつけるように、ということです。実は明治維新だって、あの開国は結局アメリカの圧力が大きなファクターだったのです。拡大主義のアメリカは捕鯨のための寄港地として、どうしても沖縄と日本がほしかった。もちろん市場としても欲しかった。太平洋を我が物にしようと考えていたわけですから。アメリカのエゴです。それが今も続いていると考えれば、最近のアメリカの動きも理解できますよね。だから、日本がアメリカの力の下でどう動けばいいのか、もしくはアメリカの力から脱していくにはどうすればいいのか、常にそれを考えていくことがポイントになると思いますよ。
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編集部 |
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教育基本法もついに改定されましたし、防衛庁が省に昇格しました。このあと、改憲のための国民投票法案、共謀罪などきな臭い流れが一段と加速しそうです。財界寄りの税制改革も日程にのぼっているようですが、田中先生は、2007年はどんな年になるとお思いですか? |
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田中 |
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確かに、息苦しい時代になりつつあるし、その方向へ行くのかもしれません。でも、この『マガジン9条』のようなネットでの活動もあるわけですし、いろいろな動きも見えてきていますよね。でもね、やはりネットだけではダメだって気がします。1960年代に比べると、実際に街に出て行く、つまり身体的に訴えていく動きがないんですよ。やっぱり街へ出て行ってちゃんと物を言う、デモでも集会でもいいんですけど、そういう動きというのがこれから大事になってくると思います。
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編集部 |
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寺山修司が「書を捨てよ、街に出よう」と言いましたけど。 |
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田中 |
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捨てなくてもいいです(笑)。「ネットを使って街に出よう」でいいんじゃないですか。あ、それと、これは確認しておきたかったんですけれど、この『マガジン9条』というのは、どういう立場なんですか? やはり、「護憲派」?
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編集部 |
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一概に「護憲派」とは言えません。私たちは、「憲法9条を変えない」というのが、唯一のスタンスです。日本国憲法そのものについては、様々な意見がありますから、憲法をすべて丸ごと守ろうということで意思統一しているわけではありません。例えば、高橋哲哉さんなんかは「私は、憲法1条はいらない、という改憲派です」とおっしゃっていました。この『マガジン9条』はボランティアたちで運営しているんですが、高橋さんと同じような意見の人もいるし、「憲法そのものを守る」という立場の人もいます。 |
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田中 |
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分かりました。実は私も「憲法1条から8条まではいらない。9条からでいい」という改憲派なのです。9条から始まる日本国憲法、私はそれがいいと思っているんですよ。
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編集部 |
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そういう様々な意見を集めて、とにかく「9条」でまとまっていきたいと、私たち『マガジン9条』は考えています。今日は長い時間、本当にありがとうございました。 |
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「ネットを使って街に出よう」という田中さんの呼びかけに、
2007年、私たちは行動していく時にきていると感じています。
田中さん、ありがとうございました! |
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