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小山内美江子 おさない・みえこ
1930年神奈川県横浜市に生まれる。神奈川県立鶴見高等女学校卒業。
1951年東京スクリプター協会会員として映画制作に参加後、1962年にNHKテレビ指定席「残りの幸福」にてシナリオライターとしてデビューする。
1990年ボランティア活動に取り組み始め、執筆の傍ら「JHP・学校をつくる会」「JHP・学校をつくる会」代表を務める。
日本シナリオ作家協会会員。NHK厚生文化事業団理事。熱海国際交流協会会長。
代表作/TBS「3年B組金八先生」「加奈子」「父母の誤算シリーズ」、NHK「翔ぶが如く」「徳川家康」「マー姉ちゃん」「主夫物語」など
主な著作/「ヨルダン難民救援への旅」(岩波ジュニア新書)【1992年文芸大賞受賞】、「『3年B組金八先生』シリーズ」(24冊)(高文研)、「カンボジアから大震災神戸へ」(旬報社)、「メコンに輝け桜小学校」(佼成出版社)、「できることからはじめよう」(講談社)、「『ボス』と慕われた教師」(岩波書店)、「『赤い靴』の女たち」(集英社be文庫)「25年目の卒業 さようなら私の金八先生」(講談社)など多数。 |
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編集部 |
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先日の1月24日、政府の教育再生会議(野依良治座長)が第一次報告を提出し、「ゆとり教育の見直し」「学力の向上」がうたわれていました。それに対し同日、小山内さんや堀田力さん(さわやか福祉財団)ら4人が共同緊急記者会見を開き、「教育再生民間会議」からの提言ということで、対案を発表されましたね。 |
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小山内 |
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教育再生会議が言う “社会が一丸となって子どもたちの教育にあたっていく” ということには賛成ですが、この報告書では具体的な子育てというものが見えてこないんです。それどころか、子どもを大人が管理する、知識教育を押しつける方向にあるようで、とても心配なんですね。 |
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編集部 |
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「公教育の再生」という項目もあり、公による教育管理という性格が強いように感じました。 |
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小山内 |
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私たちの提言では、「子どもをのびのびと育てるための“教育再生民間会議”」としています。大事なのは、子どもが自分で考える力をつけ、またのびのびと育つ教育にするという視点なんです。だからこそ、学力低下だけを取り上げてゆとり教育を失敗だったとは言ってはいけないと思うんですよ。
金八先生の第1シリーズが始まったのは79年ですが、その頃子どもたちは、受験勉強という名の嵐に襲われていたんです。その中で偏差値という物差しが横行し、勉強についていかれない子どもは校内暴力で荒れていました。またあの時にもどりたいのですか? と問いたいですね。
私はその頃のシナリオに「成績の点数だけでランク分けされた学校を選ぶな、自分はどのように生きたいのかを考えて、そのために目標とした高校に入りたいのなら努力をしなさい。けれど失敗したからといって、絶対に自殺してはいけない。受験はやりなおせるが、生命は一回こっきりしかないんだから」というようなことを、長いセリフに書いて、金八先生にしゃべらせました。
子どもたちにも親にも、そんなことで生き方は決まらないんだと伝えたかったんです。受験のための詰め込みは、子どもを壊すもとだからダメ、そうわかってもらいたかったから。あれから、27年。同じ過ちは繰り返してほしくないのだけれど。
またそのころさかんに「受験戦争」という言葉が使われていましたが、私自身、空襲や機銃掃射を体験しているし、当時テレビの画面を通じて見た、カンボジアのポル・ポト政権の悪政、軍の虐殺、難民の悲惨な状況に大きなショックを受けていたので、本当の戦争の恐怖と受験を並べてほしくなかったんです。「戦争」という言葉を、安易に使ってほしくなかった。
だから 「受験戦争は戦争か? 戦争とは一瞬にして生命をはじき飛ばすものなんだ。この海の向こうでは、受験どころか、本物の戦争で傷つき、両親を失い、住む家も食べ物もない、同じ年頃の少年少女たちがいることを、想像できるような人間になってください」という金八先生のセリフも加えました。
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編集部 |
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それにしても、子どもの自殺やいじめ、給食費を払わない親など、自殺する教師など、教育現場の混乱はすさまじいものがあります。 |
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小山内 |
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金八先生のパート7の初めに給食費を払わない親についてのエピソードが出てきます。04年のことだから、マスコミが今頃騒いでいるようでは、困ります。
払えるけれど払わない、親たちの理由がものすごい。義務教育だから払わない、払わなくても罰せられないから払わないなど。とんでもない親がいるものですよ。それで困るのは自分の子どもなのにね。
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編集部 |
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今は子どもに無関心な親が増えていて、そちらの方が問題になっています。 |
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小山内 |
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子どもに無関心な今の親たちというのは、年齢的に私の子どものまた子ども世代です。先ほど話したように、ちょうど70年代の終わりから80年にかけて、学校現場は、偏差値という名の嵐に、もろに襲われた。
そんな世代が親になって、今度は、過保護、過干渉が問題になった。親がなんでもやってあげてしまって、子どもが社会に適応して生きて行く力の芽をつんでしまったのね。
過干渉されて育った子どもたちは、どうなるのか? 今、親となった彼らは、子どもに無関心になっている。これは、大きな問題です。
偏差値教育に端を発して、今、本当に、ねじれてしまっているわよね。
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編集部 |
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親が子どもに無関心になり、子どもとのつながりが希薄になってしまった状態では、子どもが抱えている様々な心の問題を、親に伝えていくことがますます難しくなっていると言えますね。 |
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小山内 |
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去年話題になった「14才の母」というドラマがあるでしょ。私が金八先生のシリーズ1で15才の母を取り上げたためか、そのシナリオを担当した井上由美子さんからお手紙をいただいたんです。人の心に残るようなドラマにしたい。そんな意気込みが伝わってくる誠実なお手紙だったんですけれども、テーマがテーマだけにこんなに圧力の多い仕事は初めてだという言葉もあったの。「寝た子を起こすな」と言われた、と。
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編集部 |
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寝た子というのは? |
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小山内 |
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性の問題ね。実は、私も27年前に同じことを言われてるんです。その時私は、「子どもは寝てやしない、ギンギンに目を光らせてる」って反論しました。それを知らないで子どもたちの性を放置してはいけないんだって。ことなかれ主義は、 今でも変わっていないようね。
日本の低年齢層のエイズ感染者数の高さを、お偉い方々は知らないのかしらね?今の先進国のエイズ感染者は、日本がその数を押し上げているという現状があるんです。
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編集部 |
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先日、ある都立小学校に行った時、教育委員会のお達しで、保健室からは性教育の教材が、図書館からは性教育に関連する図書が没収されているという話を聞き、びっくりしました。 |
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小山内 |
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東京都の教育委員会は、性教育は望ましくないなんて、石原都知事を筆頭に言っているようだけれど、教え方を工夫すればいいんですよ。
私だって、あまりにリアルな図解ものはちょっといやなのね。金八先生の「愛の授業」のように、言葉でわかってもらいたいと思っています。
今、誰も教えてないから、携帯のアダルトサイトで性を覚える子どもたち。本当に心配です。本来は、親が教えるべきなんですけどね。
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編集部 |
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ところで、新教育基本法に愛国心という言葉を盛り込むかどうかについて、大きな議論がありましたが、小山内さんはどうお考えになりますか?
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小山内 |
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私は学生たちと、海外へボランティアに出かけていきますが、訪れる国の中には宗教的な戒律が厳しく、言論の自由もままならない国もあります。それはその国の秩序であり文化なので非難する気はありませんが、そういう体験をすることで、日本がいかに自由な国なのかということに気付かされるんですよね。
学生は特にそうです。日本から出て、外から日本を見て、日本という国がどういう国なのかを理解して初めて、心から日本を大切にしたいんだと思うんです。これが自然発生的な「愛国心」でしょ?
だから、愛国心なんて、教科書で教えることではないと思います。
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編集部 |
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個人の自由や権利が守られているのは、今の憲法が保障しているから、と言えますが、最近ではそうともいえない状況になってきています。 |
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小山内 |
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憲法第13条に「すべて国民は個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」とあるのに、今はワーキング・プアなんていう現象が起きている。これはひどい。
競争っていうのは、競い合って高みにのぼるためにあるものなのに、競争によって賃金を安くされて、職を奪われて健康まで害して……なんなんだろうと思いますよ。あの人たち幸福じゃないよね、つらいよね。だからこういうことを決めた政治家、指導者は憲法違反だって思います。
政治家はそこをつかれたくないから改憲なんて言ってるのかしら? って思ってしまいます。
私は今、骨折した足のリハビリに通っているんだけど、保険がきく回数が限定されてきているのよ。あとは家で自分の責任でやれってわけ。そこでうまくリハビリができなかった人は、結局寝たきりになるということでしょ。
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編集部 |
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リハビリまで自己責任ですか! 日本は物質的には豊かなはずなのに、教育しかり福祉しかり、社会構造そのものが真に豊かな国とはもう言えなくなっているような・・・ |
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小山内 |
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その豊かなはずの日本の東京で、学生たちはカップラーメンばかり食べて青白い顔してますよ。でも、カンボジアでボランティア活動をして帰ってくると、みんな体重を増やしてもどってきます。3食きちんととり、身体を動かし、規則的な生活をし、健康的になって帰ってきます。それを見るだけでも豊かさの意味を考えてしまいますよね。
でもね、私が代表を務めているNGOの活動で、カンボジアの学校に音楽の教科書をつくって寄付したことがあるんです。カンボジアでは、ポル・ポト政権が芸術に関わる人もモノもすべて粛清してしまったので、音楽の教科書もなかったものですから。そのとき、日本人の私たちにそういった活動ができたのは、これまで芸術や文化を大事にしてきたからこそだと思ったんです。それはやっぱり、日本の豊かさではあると思うんですよ。
芸術や文化を大切にする心、個人を大切にする心、それを繋ぐ豊かな心を育てるためにも、もう一度、教育について十分に議論を重ねていかなくてはならないと思います。
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つづく・・・ |
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本当の「豊かさ」を育てるための教育とは何なのか。
それを今こそ、私たち一人ひとりが考えるべきときなのかもしれません。
次回は、小山内さんが積極的に参加されている、
国内外でのボランティア活動について、そして9条について、
さらにお話を伺っていきます。 |
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