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この人に聞きたい

080206up

堤未果さんに聞いた(その2)

まだそこには「希望」がある

日本の「5年先を行っている」アメリカが直面する、
貧困と経済格差の拡大。
その中で、人々はどのように声を上げていこうとしているのか。
堤さんが見るアメリカの「希望」とは、どんなところにあるのでしょうか?

つつみ・みか
東京生まれ。ニューヨーク市立大学大学院国際関係論学科修士号取得。国連婦人開発基金、アムネスティー・インターナショナルNY支局員を経て、米国野村證券に勤務中、9・11同時多発テロに遭遇。以後、ジャーナリストとして活躍。NYと東京を行き来しながら執筆・講演活動を行っている。主な著書に黒田清・日本ジャーナリスト会議新人賞を受賞した『報道が教えてくれないアメリカ弱者革命』(海鳴社)、『貧困大国アメリカ』(岩波新書)などがある。

憲法を、自分たちの「武器」にする

編集部

 さて以前、堤さんは「憲法カフェ」での講演で、「アメリカの学生などの間で今、憲法を勉強しようという動きが盛んだ」というお話をされていました。若い世代を含め、人々の間で憲法への関心が高まっているという話で、面白いなと思ったのですが、これはどういった理由によるものなんですか?

 特に平和運動家はみんな、必死に憲法の勉強をやっていますね。なぜかというと、たとえば政府や大企業が憲法違反をしたときに、「おかしいじゃないか」という権利が私たちにはあります。でも、そのときに、昔のようにただ「こんなに状況がひどいんだ」とわあわあ言うだけでは、相手の力が強すぎて駄目かもしれない。
 だけれども、感情的、情緒的に声をあげるだけではなくて、たとえば「あなたたちがやっていることは憲法何条に違反しています」となれば、相手は何も言えないですよね。そこで裁判所が出てくれば、司法というのは基本的には中立で、出た判決には力があるからまたそれを使えるし。そのために、「絶対に憲法を勉強しなくちゃいけない」という方向に向かっているんです。

編集部

 いわば憲法を「武器」として使う、と。それは、日本の私たちもぜひ見習いたいことですね。

 私も、日本でも、もちろん条文をすべて知る必要はないけれど、せめて9条と、生存権を定めた25条、それから19条の表現の自由くらいは知るべきだ、という話をしているんです。アメリカはその三つ——平和と、生存権と、表現の自由——が本当に駄目になって、今のような状況になってしまったので。

編集部

 25条への関心は、最近とても高まっていますよね。社会保障のカットや大企業による搾取で貧困層が生み出されている、その国内状況自体が一つの「戦場」だし、それによって人々が追いつめられることが結局は「戦争のできる国」につながる。だから9条と25条は決して無関係ではないし、自分たちにより身近な問題としてとらえるためにも、セットで訴えていくべきだという主張は非常に力を持ってきています。堤さんご自身も「憲法カフェ」での雨宮処凛さんとの対談などで、そういうお話をされていました。
 一方で、「国家からの自由」を目的としたものである憲法の中で、25条はやや異質というか、「国家の介入による自由や権利」を定めた条文であり、それを強調しすぎることは、国家の過剰な介入を招く危険性がある——という指摘をされている方もいます。「保護してやるから国家に逆らうな」という方向に向かう恐れがあるということですね。それについてはどう思われますか。

 一緒にしちゃいけないというのは、もちろん理論的には正しいと思います。でも、25条は国家による介入を求めるものなのに、その「介入」が、民営化民営化でまったく消えてしまっている。それを取り戻すことは必要なんじゃないでしょうか。つまり、介入が行き過ぎる、なんてことを心配する余裕がないくらい、今は切羽詰まっている状況だと思うんです。国家が介入しなさ過ぎて人が死んでいるわけですから。

編集部

 「行き過ぎる」ことよりも、「あまりになさ過ぎる」ことのほうが今は緊急の課題だということですね。もちろん「行き過ぎる」危険性については常に認識しておくべきなのかもしれませんが、おっしゃることもよくわかります。

プラスの感情で手をつなぐことが、
大きな力になる

編集部

 さて、憲法を武器にする、それも「国境を越えて手をつなごう」というのと同じく、アメリカで起こりつつある新しい動きの一つだと思うのですが、そのほかにはどんな動きを感じておられますか。人々が考え出している「新しい戦略」には、どんなものがあるのか…

 搾取する大企業に対しては、「消費者」としての立場から動かそう、という動きがあります。たとえば、その企業がどんなひどいことをしているのかということをいろんな人に知らせることで、ボイコットを起こす。その企業に対してNOを突きつける。つまりは、消費者として企業を選んでいくということです。有権者あっての政治家なのと同じように、消費者あっての大企業ですから。今、日本で労働組合なんかに講演に行くと、みんなとても意気消沈していて、「状況はひどいけどどうしたらいいかわからない」と言っているので、こうした動きをぜひ伝えたいですね。

編集部

 なるほど。それも一つの有効な「戦い方」ですね。

 だから、きっと私たち市民は、手の中にある武器にまだ気づいていない。取材をしていても、未使用の武器がまだまだあるな、と思うんですね。みんながその武器に気づいて、手をつないで立ち上がれば、きっといろんなことが変わりますよ。

編集部

 まだ使っていない「武器」がいっぱいある。そう考えると、元気が出てきますね。

 報道って、ネガティブなことを言うほうがインパクトがあるし、ニュースにもなりやすいでしょう? でも、私は性格的にそういうのが嫌で。やっぱり人って、明るいものに向かって顔を向けるし、感動したときに立ち上がるんだと思うんですよ。
 ネガティブなことばかり言って、「これをしないとこうなるよ」と恐怖で人をコントロールするのはまさに独裁政府のやり方だし、効率はいいけど、そうではなくて。感動とか希望、「こういう未来がいいな」というプラスの感情で立ち上がって手をつないでいけたら、すごく強い力になると、私は信じてるんですね。
 だから、報道するときには、正確な事実を伝えるとともに、「まだやれることがある、大丈夫」ということを一緒に伝えるように、それを聞いた人が「まだやれるかもしれない」と思えるように。そのことに、すごく気をつけているし、これからもそうしていきたいと思っています。

憲法には「人間の良心」が書かれている

編集部

 希望という言葉が出ましたが、前著の『報道が教えてくれないアメリカ弱者革命』でも、サブタイトルに「なぜあの国にまだ希望があるのか」という言葉を選ばれていましたね。堤さんが取材をしておられて感じられる、アメリカの「希望」とは、たとえばどんなところですか?

 まず、「9・11のテロで家族が死んでしまって」とか、「イラク戦争で息子が死んだ」とか、「戦争からは帰ってきたけど被曝して健康を失って、生活保護を受けている」とか、そんな絶望的な状況でも、あきらめない底力がアメリカにはある。たくさんの人を取材しながら、いつも不思議でした。
 それで、イラク戦争に反対して、それまでのキャリアを全部捨てて軍をやめた元エリート軍曹に、「どうしてそんなリスクを負ってまで戦争に反対するんですか」と聞いたことがあるんです。そうしたら一言「(イラク戦争は)憲法の精神に反しているからだ」。自分たちが忠誠を誓ったのは、米軍じゃない、大統領個人でもない、憲法の精神なんだ、と。

編集部

 イラクを攻撃するというのは、その精神に反しているから従えない、と…。

 それと同じ答えが、兵士からも、教師からも、労働組合の人からも出てくるんですね。
 「なぜ憲法なのか」とさらにしつこく聞いたら、「憲法というのはどこの国でも同じ。人間が人間らしく、健やかに夢を持って、子どもたちの未来を慈しんで、お年寄りが安心して老後を送れて誰もが平等に幸せになれる、そういう人間の理想、人間の良心が紙に書かれたものだ」と言う。憲法というものを核にして社会や政府を見て、おかしかったらNOと言う、それは国民の責任だ、と。

編集部

 いい言葉ですね。

 それを聞いたときに、恐怖には国境がないけど、希望や人間の中の善きものにも国境がないんだ、と思いました。そして、それには力がある。「アメリカというのは、やっぱり捨てたもんじゃないな」と。
 9・11のあと、(アフガン攻撃やイラク戦争があって)私は一時、本当にアメリカを大嫌いになったんです。私の憧れが裏切られた気がしていて。でもやっぱり、間違いはしたけれど、そのことに気づいてやり直そうとした人にもたくさん会った。憲法イコール人間の良心だと思っている人が、こんなにもたくさんいる。だから、そこにはまだ希望があると思います。

「黒人か女性か」に踊らされるな

編集部

 さて最後に、今年の11月に本選挙が予定されているアメリカの大統領選についても少し伺いたいと思います。
 日本でもすでにかなり報道がされていますが、その中身は、「オバマ対ヒラリー」という、「初の黒人大統領か初の女性大統領か」という図式一色ですね。まだ各党の予備選の段階であるにもかかわらず、まるで勝ったほうがそのまま大統領になるかのような…。

 おっしゃるとおり、日米関係にとっても重要なのは、オバマかヒラリーかではなくて、民主党か共和党かなのに、あの報道はフォーカスがずれている。
 何より、今アメリカを二分しているのは人種でなく経済格差だということを見落としてはいけません。オバマは勝ち組側です。

編集部

 「勝ち組」ですか。

 この選挙を見るときに、注意して見なくてはいけないのは、どんな企業がどの候補をバックアップしているかです。
 オバマってものすごく高潔な感じがするじゃないですか。マイノリティだし、若いし。あと個人献金しか受けないと言っているし。ところがよく見てみると、シティグループだとかモルガンだとか、ブッシュの陣営に入っている企業が個人献金という隠れ蓑でバックアップしていることがわかる。こういったことは、もちろん全部オープンにされているのに、まったく報道されないんですよね。メディアの怠慢ですよ。
 それから、彼は過去の経歴を見てみると、実は原発推進派なんですね。そして、ウェスティングハウス(※)ともかかわりがある。このウェスティングハウスは、2006年に東芝に買収されていますから、日本の私たちにも無関係どころの話じゃないんです。
 ヒラリーもFOXニュース(※)から献金を受けたりしてますから、必ずしもリベラルとも言えないんですけど。

ウェスティングハウス…アメリカの原子力発電プラント大手メーカー。2006年2月、東芝の子会社となった。
FOXニュース…アメリカのニュース専門放送局。「中立報道」を方針として掲げるが、ブッシュ政権の政策を支持し、愛国心を煽るような番組が目立つなど、その報道姿勢に疑問を呈する声も多い。

編集部

 なるほど。大統領選の結果はもちろん日本にも大きな影響を及ぼすことになるでしょうし、そういったところもしっかりと見ておく必要がありますね。
 ちなみに、共和党対民主党では、今は民主党が優勢だと言われていますが、それについてはどう見ておられますか?

 一方でアメリカって、実は今でも黒人や女性に対する差別がすごく強い国なんですね。だから、予備選でオバマが勝ってもヒラリーが勝っても、最終的には共和党になる可能性もあるんじゃないかとも思っています。

編集部

 共和党の候補は誰が勝っても白人の男性エリートですからね。支持政党よりも、「黒人は嫌」「女性は嫌」という差別感情のほうが勝ってしまう可能性もなくはない、と。

 あと、これだけメディアが「オバマかヒラリーか」といって騒いでいると——もちろん、共和党に魅力的な候補がいないというのもあるのでしょうが——、以前のラルフ・ネーダー(※)のような、第三の党の素晴らしい候補がいても、出てくることはほぼ不可能ですよね。その意味でも、アメリカの選挙は本当にメディア選挙なんです。日本でも今年選挙がありそうですが、日本はメディア選挙には絶対しちゃいけない。そう思います。

※ラルフ・ネーダー…アメリカの社会運動家。1996年、2000年の大統領選に「緑の党」から出馬し、2000年選挙では2.7%の得票を得た。2004年選挙にも無所属で出馬。

編集部

 そこからも、私たちが学び取ることはいろいろありそうですね。今日はありがとうございました。

「ネガティブな事実だけではなく、感動や勇気を一緒に届けたい」と話す堤さん。
その言葉どおり、著書の中に登場する、
さまざまな「武器」で戦い続ける人たちの姿には、勇気づけられることがしばしばです。
堤さん、ありがとうございました。

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