30年以上前ですが、当時新進作家だった野坂昭如さんとの出会いがひとつです。私は彼の作品の挿し絵画家として初めて出会いました。お話を伺うと、野坂さんという人は、これからの子どもたちのこと、命のことを一生懸命にずっと考えている人で、随分影響を受けました。今も野坂さんに報告したいがためにやっている部分もあります。僕は彼の生徒だと思っています。 それからもうひとつ、私自身の生い立ちがあります。よくよく考えたら僕は生まれた時に烙印を押されていましてね。まず名前には、出征の征がついているでしょう。それに、誕生したのは1939年。昭和14年、ナチスドイツがポーランドに侵攻し て、第二次世界大戦が始まった年です。もうひとつ言うと、スウェーデンが核分裂の実験に成功し、原爆誕生に向けて世界が動き出してしまったのもこの年なんです。それからわずか7年、僕と同じ年の原爆、「ピカドン君」は、広島と長崎に落ちるわけです。 でも野坂さんと出会わなかったら、この烙印には気づかなかったかもしれない。だから、出会いってすごいですよ。
大戦中に住んでいたのは、野坂さんの小説『火垂るの墓』の舞台になった兵庫県の西宮のあたりでね、けっこう空襲もひどかったんですよ。学校に行っても空襲警報が鳴るから、授業どころじゃなくすぐに避難になる。僕の家は直撃弾が落ちるし、もろに戦争被害者です。 でもね、「空襲は怖かったでしょう?」と聞かれますが、7〜8歳の子どもには死の恐怖なんてわからない。だから空襲警報が鳴って防空壕に入るということは、非日常的でどこかわくわくするような感じで、正直ちょっと面白いものなんです。
防空壕から出るとクレーターができていたり、同級生が死んでいたり、防火用水に上半身だけの死体があったり。そういうものも見て覚えているけど、死への恐怖がないから、その時はそんなに怖いと思わないのね。それよりもオヤジが死んだことの方が、とにかくショックだったんです。 『火垂るの墓』の人たちのようにね、国家間での戦争は終わっても、戦争が終わったところからしんどくなる人がたくさんいましたし、僕の父親もそうでね。戦争が終わった次の年の8月13日に死ぬんです。仕事に失敗してという理由なんですけど、それは間接的には戦争の影響です。
特に昭和21〜30年の間は悲惨だったかな。おふくろはずーっと出稼ぎに行っていて、その間、僕はおばあちゃんの家に預けられていた。おばあちゃんは、夕方になると仏さんを拝みながら戦争を呪う言葉を吐き続ける。おじが特攻隊で死んだというのもあるから、自分の息子をとられた戦争を延々と恨むんです。僕はよそ者として知らない土地に来て、一緒に住んでもらっているので、ありがたいと思わないといけないんでしょうけど、恨み言を聞いているのは愉快じゃないですよ。とはいえ、あの当時はみんながそうだったから、僕だけが大変だったわけではないですけどね。 そういう体験から、戦争っていうのは、戦地に行かない市井の人々を巻き込んでいくというとを知ったんですね。戦争が終わったその時から始まる戦争があるということをね。
だから正直、少年の頃の思い出ってしんどいんです。いつもお腹がすいてひもじかった。だから僕は今でも若い人に会うと「腹減ってないか?」っていうのが口癖でね。しんどさが身体にしみついてるんです。
もうひとつショックなことがありました。それは大人がコロッと変わったこと。昨日まで鬼畜米英と言っていた人たちが、アメリカは神様だ! と言い出した。それも一晩で変わってしまった。大人なんて信じられないと思いましたよね。 「大人になったら何になりたい?」と聞かれて「陸軍大将!」と答えていた少年は、そんな大人たちの姿をもろに見て育ち、皮肉にもすっかりアメリカ崇拝者になってしまったんです。つまり、それが僕。 結局ね、大人が向く方を子どもは向くんです。その証拠に現在の僕はニューヨークに住んでるでしょ。アメリカへのコンプレックスもすごくある。 その後、「アメリカ万歳!」になった征太郎少年は、船乗りになりたくて16で家出をし、たまたま乗れた米軍の軍用船でアジア諸国の米軍基地回りをすることになるんです。 沖縄にも行きました。だから昭和30年の沖縄を僕は知っているんです。那覇に泊港があるでしょ。そこの海面にね、戦争で沈んだ船のマストがばーっと広がっている。今の国際通りあたりは土の道で、家を失った乞食みたいな人がうようよいて、GI(アメリカ進駐軍)がお金をばらまいてる。それはすごい光景でした。 その後もフィリピンに行ったり、ベトナムに行ったりしましたが、韓国では日本人の乗組員だけは上陸禁止なんです。もちろん戦争のせいですよね。そんなところで、大人たちのやってきたことのとばっちりを受けなければいけなかった。
幼少から思春期にかけて、黒田さんの体験された 言葉の一つひとつが、胸に重く響きました。 次回はこの夏に始動する 「PIKADONプロジェクト」について。 お楽しみに!