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2012-08-08up

この人に聞きたい

岩佐十良さんに聞いた(その2)

3・11が
日本人に投げかけたものは何か? 

雑誌『自遊人』編集長及び(株)自遊人 代表取締役の岩佐十良さんは、「メディアは発信する情報に最後まで責任を持つべき」を企業理念に掲げ、出版業だけでなく、自社の田んぼを管理し、栽培や食品の企画・仕入れ・販売なども行ってきました。岩佐さんは、なぜ9年前に移住を決めたのでしょうか? 日本の米どころ魚沼に暮らし、日本の農業の将来をどう思い描いていたのでしょうか? そして迎えた3・11は? などについてお伺いしました。

いわさ・とおる
1967年東京生まれ。武蔵野美術大学卒業後、編集プロダクションを立ち上げ、1999年に「食と旅」をテーマにした雑誌『自遊人』を立ち上げる。創刊15年目の2004年に、東京・日本橋から新潟県南魚沼市に会社を移転し、米作りを始める。現在は株式会社自遊人代表取締役、日本全国の「本物の食品」を販売するショッピングモール「オーガニック・エクスプレス」運営責任者、農業生産法人「自遊人ファーム」代表。株式会社「膳」取締役。著書に『一度は泊まりたい有名宿 覆面訪問記』(角川マーケティング)、『実録!「米作」農業入門』(講談社)。

前向きに生きるために必要なのは、
正しい現状の認識
岩佐

 先日、福島に行って、福島の人とこれからのことについて話をしました。彼らが言うには、原発事故で一番たくさん出た放射性物質のセシウム137の半減期は30年だから、60年後、100年後は、1/10ぐらいには減っているだろう。そのときは、問題なくまた福島に住むことができるだろう。で、問題はそれまでの間をどうやって繋ぐかだ、という話になったのです。
 とても前向きで重要な視点だなと思いました。原発事故によって起きてしまった放射能汚染の問題は、科学で解決していかなければいけないことでしょう。できるだけ細かく正確に汚染状況を計測して、土壌も水も農産物も検査して、それを全部くまなく発表して欲しい。するとその数値を元に、計算が成り立ち、生産者にとっても我々にとっても、これからの計画が立てられます。
 それなのに、なぜこの汚染の数値が、政府や行政機関から、次から次へと発表されないのか…。実は今、僕が一番もどかしく思っているのは、このことなのです。

編集部

 国も行政も計測していないわけではないと思いますが、データはどこへ行けば見られるか? 一般公開されているのか? 非常にわかりにくいですね。個人で放射能測定所を開き、牛乳や野菜や灰など一般の人から持ち込まれた食品を計っている人が、子供たちが食べるものだから給食を計りたいと申し出たところ、「計るな」というお達しが出たという話も聞きます。

岩佐

 これまで日本は、食品の残留農薬にしても添加物にしても、世界で最も厳しい基準を設けていました。それなのに事故後は、セシウムもヨウ素も世界の基準値を大きく上回る暫定基準値で大丈夫だと言い出した。

 大気や土が汚染されてしまったという事実については、我々はもうある程度腹をくくらなくてはならない。だからこそ何を食べるのかというのが、大事になってくるわけです。そのために科学的で客観的な判断材料が必要なのです。
 それなのに政府は、データを明らかにしないで、「住んでも大丈夫」「食べても健康に影響は出ないとだけ言い続ける。そんなこと言われたって、誰も信じないですよね。
 これまでは、生産者に対しての農薬の扱いについてもすごく厳しかったんです。農業技術が進んできたこともあり、化学物質については数値による取り決めがあって、危険なものについては厳密に制限されていました。なのに、こと放射性物質のことになったら、急にアバウトな感じになって、「よく分からないから、フィーリングで決めとこうか」とでも言っているようにさえ僕には思える。これにはすごく違和感があるんです。

編集部

 そこに精神論がくっついてくる場合もありますよね。にこにこしている人は大丈夫で、くよくよと心配している人には、影響が出るとか。

岩佐

 魚沼でも微量にセシウムが検出されたお米があります。で、これをどうするかというと、今年は販売できないけれど、来年からは出さない作り方をしようと、やっているわけです。土壌に肥料としてカリウムを多めにやるとか、これまで中干ししていたけれど、それはやめてみるとか。いろいろとやり方があるわけです。で、魚沼の土壌で大丈夫だとしたら、福島の会津のお米も大丈夫なんですね。汚染の程度が同じぐらいだから。中通りあたりだって、出ないところまでもっていけると思う。このように、これはどう考えても農業技術と科学の話なのに、一律で5000ベクレル以下の田んぼは作付けしても大丈夫とか、検出されても500ベクレル以下のお米は健康被害が出ない、と言うのはおかしいでしょ。

編集部

 だから余計に不信感がつのってくるし不安がおさまらない。細かく線量を計り、その情報公開をやっていれば、それぞれ対策がとれて、前向きに何をしていくべきかがわかるのに。

岩佐

 これまで日本の消費者というのは、科学的な検査や根拠に基づいて書かれてある食品表示のラベルを見て、安全かどうかをちゃんと判断してきていたんです。それなのに、まるでいんちき商法やいんちき宗教並みに「大丈夫です。とにかく信じなさい」みたいなことを国が平気で言う。
 そういった中で、汚染の少ない地域である西日本のものを食べたいというのは、それはもう本能でしょう。人間の防衛本能みたいなものです。特に子供を持つお母さんは、ちゃんと裏付けのあるデータを示して説明しないと、絶対に納得しないと思います。

編集部

 福島で行われている田畑の除染については、どう思いますか?

岩佐

 今言われている田畑の除染は、表土の3〜5センチを剥いでどこかに持っていく、ということですが、その部分に作物の生育にとって大切な有機物があるので、ナンセンスだと思います。それよりは、今の土壌中にどれだけ放射性物質が入っているかを計って、作物になるべく移行しないような方法を技術的に考えた方がいいと思いますよ。物理的に放射能物質を取り除くことよりも、科学的にどうするかを考えた方がいい。だって物理的にゼロにすることなんて、どうしたって無理でしょう。だから科学技術に期待をして、線量の低いところにひとまず移住をして、帰るようになるまでの間を繋ぎましょう、という話をするべきだと思います。そして、本当に汚染がひどくて、帰れない地域や人々については、国民全員でフォローするべきだと思う。でも今だと、その地域が果たしてどこのエリアなのか、ということもちゃんと示されていませんね。

編集部

 国民全体でフォローというのは? 

岩佐

 僕はそれについては、自分たちのできることだけをやればいいし、このことを、ずっと考えながら生きていくことしかできないとも思うのです。それから、日本経済が沈没してしまうと、公的に支えることもできなくなるわけだから、普通に働いて正しく経済をまわす、ということも重要なことではないでしょうか。何もボランティア活動に行くことだけが、支えることではない、と思うのです。

他人のために働いて、
満足できる価値観をもてるか
編集部

 雑誌『自遊人』も3・11の影響を大きく受けたそうですね。

岩佐

 実は雑誌については、魚沼に移住した後も、ずっとリニューアルしたくてもできなくて、悩んでいたというか、僕たちの考えているものと一番違うところにあったのです。変に売れてしまったものだから、中高年ライフスタイル誌というカテゴリーが勝手にできてしまった。その枠の中で脱落してはいけない部数競争のゲームがあったし、東京の広告部の人間がリニューアルを許してくれないとか、そういう葛藤があったのです。だからそこの部分だけは、ずっと東京の生活を続けていたんです。でも、3・11でそれもすっぱりと断ち切ることができました。これまでの、営業戦略上のコンセプトや企画は一切捨てて、自分たちの主張を全面に出していこうと。僕たちの価値観、提案するものに共感してくれる人が買ってくれればそれでいい、と考えたんです。

編集部

 2011年7月号の『自遊人』では、〈「FUKUSHIMA」が復活するために。日本が復活するために。環境都市「水俣」に学ぶ。〉という8ページの特集を組んで、岩佐さん自らが水俣に取材し書かれていますね。また、2012年7月に出された別冊温泉図鑑には、「闘う宿」として、福島のある温泉旅館が紹介されています。22ページの大特集には、素晴らしいしつらえのお部屋やお風呂、料理などの美しい写真がふんだんに掲載されています。それだけだと、これまでの「本物の温泉宿」紹介本と変わらないのかもしれませんが、そこには岩佐さんのメッセージがはっきりと書かれています。ここに一部紹介します。
〈今回の企画では、単純に「食べて応援」「行って応援」と言うつもりはありません。正直、ちらほら見かける、なんの裏付けや根拠もない「福島の宿に行こう」的な記事は非常に無責任だと思っています。なぜなら、それは命の尊厳を無視しているばかりでなく、結果的には「原発再稼働を応援」になってしまうから。巨大な力による報道操作やマインドコントロールは非常に巧みで、知らず知らずのうちに原発容認の素地ができつつあるのです。とはいえ、事故が起きてしまったのも事実で、その現実を受け入れなければいけないのも、また現実です。〉
 読者からの反応はいかがでしたか?

岩佐

 おかげさまでびっくりするぐらいたくさんの反響がありました。『自遊人』を創刊した時にも、お葉書、ファックス、メールをいただいたんですが、今回はその時と同じぐらいですね。読者層は、年代は広がり、男女も関係なくなり、大幅に変わりましたね。
 とは言え、会社全体としては売り上げは相当にダウンしています。ショッピングモールのほうは、とにかく商品がないのです。というのも、事故後「僕たちが確認できた安全なものしか売りません」と決めたので、ガイガーカウンターが到着し商品を検査し、その結果が出るまで販売しなかった。また検査の結果、1ベクレルでも検出されたら販売しないことにしたので、売ることのできる商品が減ったのです。現在も、十分に供給ができない状態です。そして当然のことですが、準備を進めてきた輸出の方はアウトですね。風評被害ということではなく、日本の対応に関して不信感をもたれていますから、しばらくこの状態は続くと思います。

編集部

 次の展開は何か考えてらっしゃいますか?

岩佐

 自遊人ファーム「晴耕雨読の里」という構想があります。

 今、農業の問題というだけでなく、日本社会においてある程度の経済を維持することも重要だけれど、3・11が日本人に投げかけたものは、これから我々は価値観をどこに求めるのか、生きる満足感をどこに求めるのか、これをどう定義していくのか? ということだと思うのです。

 でも僕は、「これまでみたいに経済活動でお金ばかり追いかけてきたから、日本人はダメになったんだ」というロジックには反対なんです。もちろん、僕も会社も、最初にお話ししたような経緯で、魚沼に引っ越して、大自然の中で人間らしい生活を取り戻そう、ということをやってきたわけなので、お金で買えないものの大切さもまたわかっているのですが。
 ただむしろこれからの方が、みんな一生懸命に働かなくてはならないと思うのです。福島や被災地を支えていくために、すでに財政破綻しかかっていた日本だけど、だから経済も正しく回していかなくてはならない。原発の事故や震災で、壊滅的な被害を受けた場所や人々に、必要なお金が流れていかなくてはならないから。
 だから、これまでのように、いやこれまで以上に働いていても、自分自身の使えるお金が増え好きな物が買える、というわけでもなくなるでしょう。となるとこれまでの「働くこと」の価値観は、日本全体で変わらないといけない。そこを再定義して納得しないと本当に荒んだ社会になると思うのです。
 僕が一番怖いなと思っているのは、自分たちが稼いだお金が、被災地や福島の人たちのために使われていることに対して、嫌悪感を持つ人が出てくることです。例えば、今もうすでに起きている現象として、仮設住宅に入っている人たちに対して、補償金や一時金でパチンコをやっていてけしからん、っていうバッシング。震災や原発事故で、家も仕事も家族も失って、絶望感のまっただ中にある人たちに対しての、そういうバッシング。パチンコぐらいさせてあげて何でダメなの、と思うんだけれど…。

編集部

 今弱っている状態にある他人を支えていることで、自分自身も満足感や喜びを得る、それが自分自身の自信になる、というように多くの日本人が思えるかどうかですね。口で言うのは簡単ですが、やはり一人ひとりに余裕がないと生まれてこない感情かもしれません。

岩佐

 僕自身、気持ちをニュートラルにして「何をしたいのか」を考える日々です。原発事故以降、魚沼のお米はさっぱり売れません。収入もさらに減りました。でも人生は一度きり、負けてはいられません。

(構成・塚田壽子 写真・小城崇史)

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『自遊人』の「別冊温泉図鑑」に紹介されている福島の「闘う宿」の一つは、3・11以前は、料理に定評のある宿で、特に地産地消にこだわってきたといいます。しかし事故後は、「まずはお客様の健康が第一」と考え、苦渋の選択で全国から安全で美味しいものを仕入れることに切り替えます。理不尽さに屈することなく前を向いて生きていく人たち。その姿を紹介することに、岩佐さんの「負けられない」意気込みを感じました。是非、みなさんも『自遊人』をお手にとってお読みください。

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