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2012-05-23up

B級記者どん・わんたろうが「ちょっと吼えてみました」

【第93回】

福島県民が問う原発事故の刑事責任

 もしかすると福島第一原発の事故後、福島県民が原発に関して集会やデモとは違う形で、地域や世代、職業を超えたアクションを起こすのは初めて、と言えるかもしれない。県外ではほとんど報道されていないのでご存じない方も多いと思うが、「福島原発告訴団」が結成され、東京電力や国の担当幹部、学者らを6月11日に刑事告訴する準備を進めている。

 悲惨な原発事故によって、地元の人たちは生命や健康に甚大な被害を受けたのに、なぜ誰の刑事責任も問われようとしないのか。誰にどんな非があったかをはっきりさせるために、被害を受けた県民が自ら検察に告訴して捜査を求めようという試みである。

 告訴の対象(被告訴人)として名前が挙がっているのは、東電の勝俣恒久会長、清水正孝・前社長らの幹部、原子力安全委員会の班目春樹委員長や委員、山下俊一・福島県立医科大副学長、衣笠善博・東京工業大名誉教授、経済産業省原子力安全・保安院の前院長、文部科学省の局長ら、約30人に及ぶ。罪名は、業務上過失致死傷と公害犯罪処罰法(公害罪法)違反だ。

 告訴状は、こんな内容が想定されている。

 1997年には地震学者の石橋克彦・神戸大教授(当時)が論文で、大地震と原発事故が同時に発生する破局的災害の危険を指摘していた。しかし、国の原子力安全委員会は2006年に原発の耐震設計審査指針を改訂した際、担当委員の1人だった石橋氏の警告を無視して、地震による原発への影響を過小評価し、具体的な津波防護策も盛り込まなかった。これによって、福島第一原発の事故を未然に防ぐことを妨げた(第1の過失)。

 2008年に東京電力は、福島第一原発で想定される津波の高さが15メートルを超えるとの試算を出していた。しかし、対応する防潮堤の設置に数百億円の費用と4年の期間がかかるため、同社幹部は建屋や重要機器への浸水を防ぐ対策を取らなかった。2010年には原子力安全委員会が、津波を安全対策上の考慮に入れるよう定めた「手引き」を作ったが、東電はそれでも対策を怠り、原発事故を未然に防ぐことを妨げた(第2の過失)。

 さらに、福島第一原発の事故が発生した後、国や原子力安全委員会は、SPEEDIなどで放射性物質による汚染が広範囲に及んでいることを早期に察知していながら、とくに子どもたちへの防御策を積極的に取らずに放置した。学者らも、県内の汚染実態を把握していないにもかかわらず、「大丈夫」「安全」との見解を流し続けた。一般市民や子どもたちの避難策を取るべき作為義務があるのに、それを怠って住民の避難を遅らせ、結果的に多数の住民を被曝させた(第3の過失)。

 こうした結果、たとえば、大熊町の双葉病院に入院していた患者が避難に伴って相次いで死亡したケースや、津波の被災者の捜索・救出活動ができなくなったケース、農業が壊滅したことを悲観して自殺に追い込まれたケースなどが、業務上過失致死にあたるとみている。さらに、県民全員が間違いなく被曝しており、身体の安全を侵したことは傷害で、業務上過失致傷に該当するという。また、「事業所などから人の健康を害する物質を排出し、公衆の生命・身体に危険を生じさせる」ことを禁じた公害罪法への違反も挙げている。

 告訴団の代理人の一人で、薬害エイズ問題などに携わってきた保田行雄弁護士は「今回の原発事故は偶発の事故ではなく、本来やるべき仕事をしなかった結果もたらされた人為的な事故だ。以前から、石橋氏の論文で指摘されたり津波の高さを把握したりしており、被害の予見可能性はあった。全電源喪失や冷却機能喪失などを防ぐ方策はいくつもあるのに何ら取っていないなど、結果を回避できた可能性もあった。被害との間の因果関係も認められ、過失罪は成立する」と主張する。

 告訴先を福島地方検察庁にするのも大きなポイントだ。すでに東京地検などにいくつかの告発がされているが、ふだん福島県内に居住して仕事をしている検察官の方が、被害の実態や県民の気持ちを肌感覚で理解してくれるのではないか、という狙いがある。もし不起訴になっても、福島県民が審査員を務める福島検察審査会へ不服申し立てをすれば強制起訴になる可能性が出てくる、ともみているからだ。

 6月に告訴するのは、昨年3月11日時点で福島県内に住んでいた人。事故後に県外に避難していても良く、国籍や年齢は問わない。1000人を目標に募っているが、現在500人ほどだという。関係者の1人は「原発事故の補償金をもらっている人は、なかなか告訴にまでは踏み切れないようだ。関心は持たれているが、甘い状況ではない」と漏らしていた。被害者の「分断」が、こんなところにも影を落としているらしい。

 福島県外に住んでいてホットスポットなどで被曝した人についても、順次、第2次以降の告訴を起こしていく方針だ。直接被曝していなくても「告発」することはできるので、全国に運動を知ってもらう方法と併せて、今後検討していくという。

 告訴団の武藤類子団長は4月の説明会で「この1年間の国のあり方や東電の姿勢を見ていると、無責任さに腹が立つ。責任がどこにあったかを自覚させ、きちんと対応してもらいたい。せめて国のあり方を変えることが、若者に負の遺産を残してしまった我々の世代の責任だ」と話していた。

 副団長の佐藤和良・いわき市議も「『強制被曝』に対して、きちんと責任を取らせ、けじめをつけさせたい。日本は法治国家なのか、まさに民主主義が問われている」と告訴の意義を強調している。

 告訴が検察に受理されたとしても、起訴するかどうかの結果が出るまでには1年単位の時間がかかりそうだ。保田弁護士は「検察が自主的に動くことは期待できないが、国民の声となれば放置できない。特に国会の事故調査委員会が報告書を出した後ならば、捜査の支障もなくなるのではないか」と見立てていた。

 捜査当局は、少なくとも現に発生している莫大な被害への責任を誰がどう取るかという視点から、きちんと捜査して結果を出してほしい。仮に今後も原発を稼働させるのならば尚更、事故の責任を誰がどう取るかをはっきりさせておく必要がある。

 電気を消費してきた都会のかかわりも問われている。都会には、危険な原発を地方に押しつけ続けてきた責任がある。大規模な事故が起きてしまったいま、原発への賛否という次元を超えて、地元から出てきたこうした草の根の動きを支援していくことこそが、まさに責任の取り方なのだと思う。

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  告訴団団長の武藤類子さんは、
昨年9月、東京で開かれた「さようなら原発5万人集会」で、
最後を締めくくるスピーチをされ た方。
告訴にあたっての思いを語ったインタビューでは、
「癒やされず、解消もされない悲しみと怒りが、
やるせないあきらめとなって県内に漂っているような気がします」
と語られていました。
福島からのその声を、どう受け止め、支えていくのか。
私たちの姿勢もまた、問われています。

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どん・わんたろうさんプロフィール

どん・わんたろう約20年間、現場一筋で幅広いジャンルを地道に取材し、「B級記者」を自認する。
派手なスクープや社内の出世には縁がないが、どんな原稿にも、きっちり気持ちを込めるのを身上にしている。関心のあるテーマは、憲法を中心に、基地問題や地方自治、冤罪など。
「犬になること」にあこがれ、ペンネームは仲良しだった犬の名にちなむ。「しごと」募集中。

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