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2012-02-22up

B級記者どん・わんたろうが「ちょっと吼えてみました」

【第82回】

いまどき「縁故募集」なんてやっている言論機関は、入社できても大変だから応募しない方がいいよ

 幸か不幸か、B級記者&3流ライターの私は、岩波書店ほどの大出版社から仕事を頂戴したことがない。でも、そのおかげで、こういう場(読者は少ないですが…)で大っぴらに批判することができる。率直なところ、もし仕事を受けている相手だったら、そう簡単にはいかないかもしれない。「縁故」がもたらす効果とは、わかりやすく言うと「理より情を重んじ、批判を封じる」ってことなのだろう。

 岩波書店が2013年度の新入社員を募集するにあたり、応募資格に「著者の紹介状あるいは社員の紹介があること」と明記したことに対して、どうしても強い違和感をぬぐえないでいる。

 小宮山厚生労働相は2月17日、「現時点で何かに違反しているというわけではない」とする調査結果を発表した。岩波書店が「『著者の紹介、社員の紹介』という条件は、あくまで応募の際の条件であり、採用の判断基準ではありません」(ホームページ)と説明していること、さらに、著者にも社員にも知り合いがいない場合は「小社総務部の採用担当者に電話でご相談ください」(同)とあって、紹介がなくても応募の機会は与えられているからだという。

 なるほど、大人の理屈ってやつですね。どこかの役所のセリフかと思いましたよ。ずっと尊敬してきた出版社が、こうした開き直り気味の主張を展開するのは、とても残念である。

 でも、「違法ではない」から「問題はない」というわけではあるまい。

 同社は、著者や社員の紹介が採用の判断基準ではない根拠として、「ご応募いただいたあと、厳正な筆記試験、面接試験を行っております」と書いている。しかし、そもそも試験を受ける前に応募さえできないのだから、もっとひどいんじゃないだろうか。採用担当者に相談すれば応募はできるとしても、「書類は受け取っておきます」という程度で、紹介がある人と同列の扱いになると受けとめる人はいないだろう。

 何より、応募の段階でこうしたハードルを課すこと自体が問題なのだと思う。

 自分の所属するゼミの先生がたまたま岩波から本を出していればともかく、学生に「自分でツテを探せ」っていうのは酷な相談だ。著者にしたって、よく知らない学生にいきなり「紹介状を書いてください」と突撃されたところで、即座に「いいよ」なんて言えるわけがない。それでも「あの手この手を尽くして紹介状を取ってこい」と言うのはたやすいが、学生がお勉強に使う本をたくさん出している岩波さんには「そこまでさせることが、果たして学生の本分にかなうのか」と尋ねたいですね。

 結局、両親や親類の知り合いに頼るのが一番簡単なわけで、親が大学やマスコミに勤めているような学生が、労なくして紹介状をゲットできることになる。要するに、生育歴や居住地といった本人の努力と無関係の条件によって、初めから有利不利が決まる。これって、今の「格差社会」の構造と一緒なんじゃないだろうか。

 私も仕事柄、いろんな企業や団体を見てきたから、「他の会社も似たようなことをやっている」と擁護する向きがあることは十分承知している。でも、言論機関、しかもリベラル系の主張を発信している出版社だからこそ、筋を通すべき社会的な責任があると思う。「あの会社、言っていることと、やっていることが違う」と世間に受け取られてしまうと、直接関係のない「脱原発」にしても説得力が欠けてしまうのだ。

 少なくとも、岩波書店のスタンスが護憲なのであれば、「職業選択の自由」(憲法22条)の前提として必要なことは何か、よく考えてほしい。立場が強い採用側が、性別や年齢、学歴といった条件による差別を可能な限り排して、立場の弱い応募者に対して機会均等を貫き、能力や適性を平等に見極めることではないのか。応募機会の均等が担保されないのならば、職業選択の自由なんて絵に描いた餅に過ぎなくなる。

 一般論になるが、縁故や紹介は入社後もかなり長い間つきまとう。紹介してくれた恩のある相手に迷惑をかけることはできないという意識が働くから、関係する人たちの顔色をうかがうようになる。冒頭にも書いたけれど、批判を含めて、考えていることを自由に言えないことを意味する。でも、これって言論機関としては致命的なことだ。とくに、リベラル系のスタンスなのだとすれば。

 偉そうに書いて恐縮だが、一連の騒動で私は、岩波書店という会社の先行きがあまり明るくはなさそうだと感じた。著者や社員の紹介を必要とするのは、現在の自分たちの「枠」の中にいる人材しか求めていないからだろう。つまり、今後も守りの経営をしていきますという意思表示に他ならない。新しいアイデアは欲せず、従来のレールを走る新入社員でいいのだ。出版不況下であっても、歴史が長くて遺産をたくさん持っているから、無理をしなくてもやっていけると見通しているのだろう。

 半面、自由な発想で時代を先取りする本をつくりたいと出版界を志す意欲的な若者にとっては、おそらく物足りない職場だと推測する。だから、著者や社員の紹介を簡単に受けられそうもない学生には、初めから岩波書店に応募しないことをお勧めする。「おかげで企業研究をする手間が省けた」と前向きにとらえよう。

 ところで、大手マスコミの中で、朝日新聞は今回の問題への感度が鈍かった。2月3日に厚労相の会見で取り上げられても記事にせず、一報はその5日後。おまけに「(岩波書店の応募条件が)ネット上などで波紋を呼んでいる」と問題意識がみじんも感じられない他人事の書き方で、「(岩波に)理解を示す意見も多い」と結んでいる。

 同紙記者に聞いたところだと、朝日の社員には親子2代なんてのがザラで、中には3代続けて朝日記者というケースもあるそうだ。どんな採用をしているかは別にして、「社内の空気として縁故に甘いのは確かで、今回の記事にも影響したのではないか」と見立てていた。

 岩波書店に限らず、そういうところが、まさに「縁故」の怖さなのだろう。「理より情を重んじ、批判を封じる」である。これじゃあ、2世政治家の批判なんてできないよね。

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知名度が高い会社だけに「記念受験」を含めた応募者が多く、
「応募者数と採用者数とのギャップがあまりに大きい」ことが、
岩波書店が「縁故募集」に踏み切った理由だそう。
採用の手間を省くとともに、
自ら「縁故」を探してくるくらいの熱意ある人材を集めたい--ということのようですが、
学生の置かれた状況によって、大きな差が出てしまうのも事実。
皆さんはどう考えますか?

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どん・わんたろうさんプロフィール

どん・わんたろう約20年間、現場一筋で幅広いジャンルを地道に取材し、「B級記者」を自認する。
派手なスクープや社内の出世には縁がないが、どんな原稿にも、きっちり気持ちを込めるのを身上にしている。関心のあるテーマは、憲法を中心に、基地問題や地方自治、冤罪など。
「犬になること」にあこがれ、ペンネームは仲良しだった犬の名にちなむ。「しごと」募集中。

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