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2011-11-30up

B級記者どん・わんたろうが「ちょっと吼えてみました」

【第72回】

検察が45年前の供述テープを開示しないのは、自分たちに都合の悪い内容だから?

 「有罪」に自信があるんだったら、手持ちの証拠を全部開示しても良さそうである。事件発生から45年も経っていて、もはや隠滅工作をされる心配なんてありえない。なのに開示できないってことは、何かまずい理由があるからなのかなって、市井の人は考える。

 1966年に静岡県で一家4人が殺害された「袴田事件」で、冤罪を訴えている元プロボクサー・袴田巖死刑囚(75)の捜査段階での供述を録音したテープが存在することがわかった。袴田死刑囚が静岡地裁に起こしている第2次再審請求審で、静岡地検が明らかにした。

 これまで弁護団も知らなかった事実である。袴田事件の公判では、1日平均12時間にも及ぶ取り調べで取られた自白の信用性や任意性が焦点になった。だから、弁護団が「自白の任意性を客観的に明らかにできる極めて重要な証拠」ととらえ、テープの開示を強く求めるのは当然のことだろう。

 これに対して、検察は「弁護側が再審請求の理由としているのは、犯行時の着衣の『5点の衣類』が捏造であるということ。この争点とテープは関係がない」と開示を拒んでいるという。

 確かに死刑を言い渡した1審判決は、検察が証拠申請した45通の供述調書のうち44通について自白の任意性を否定し、「証拠能力がない」と採用しなかった。最高裁も「自白がなくても有罪は明らか」と認定している。供述が有罪の決め手になったのではないから、テープの内容がどうであれ、もとの判決に影響はないという理屈が成り立つかもしれない。

 しかし、「証拠の捏造」が争われるのであれば、背景として、当時の捜査の全体像を把握しておくことが不可欠だ。取り調べには捜査のスタンスが如実に表れるから、その様子を客観的に記録したテープを分析することの意味はとても大きいと思う。やはり新たに存在が明らかになった約10通の供述調書には、犯行を否認したものや任意調べの段階のものが含まれているそうで、これらとともに検察は開示すべきである。

 再審を実現するうえで、検察が証拠を開示しないことがどれほどネックになっているか。袴田事件の支援団体が先日、東京で開いた集会で、再審を求めている事件の関係者から、さまざまな指摘がなされていた。

 袴田事件の西嶋勝彦弁護団長は、幾度もの証拠開示請求を検察から「証拠あさり」と揶揄されたことを紹介し、「検察こそ、捜査段階で証拠をあさって持っていっている」と反論した。再審請求審には証拠開示の規定がないことに触れ、裁判員裁判に伴い導入された公判前整理手続きで認められる証拠開示の規定を、準用すべきだと主張した。

 東電女性社員殺害事件の支援者は、無期懲役が確定したゴビンダさん(B型)が本件で逮捕される前に、被害者の胸や口に付着していた唾液からO型の反応が出ていたことが判明していたにもかかわらず、鑑定書が今年9月まで14年以上にわたって開示されずに隠されていた経緯を説明。「検察は自分に都合の良い証拠だけを出すのではなく、全部の証拠を出さないと(裁判で)正しい判断ができないのは常識だ」と訴えた。

 取り調べの録音テープなど36点の開示を1年半前に受けた狭山事件(1963年)の支援者は、「検察は『関連性、必要性がない』という理由を付けて証拠開示を拒むことが多いが、証拠は相互に有機的な関連があり、個別ではなく総合的に評価しなければならない」と全面開示を強く求めていた。

 実際、再審を申し立てるには新しい証拠が必要だが、検察が持っている証拠のリストさえ弁護団の手元にはない。一つの証拠を分析して、そこから別の証拠があるだろうと推測し、開示請求を繰り返すしかない。袴田事件の供述テープにしても、逮捕直後の新聞記事の記述を参考に開示請求したのだそうだ。

 「証拠はそもそも公のもの。隠されたからこうなった。出させれば絶対に勝つ」。5月に再審無罪を勝ち取った布川事件の桜井昌司さんの言葉を思い出す。強盗殺人罪で無期懲役が確定して服役。仮出所後に冤罪であることを立証していったのは、検察の証拠開示がきっかけだった。

 検察がダメなら、裁判所に頼るしかない。元裁判官の木谷明・法政大法科大学院教授は集会で、「検察官は公益の代表者のはずなのに、無罪を避けようといろんな手を打ってくる。裁判官が、そんな検察官の言うことを認めるのが悪い。捜査実態を見抜いて、しっかり判断するべきだ」と後輩たちを叱咤した。とくに再審では「全面的な証拠開示が認められてもおかしくない。裁判所が思い切った開示命令を出せない理由はない」と語っていた。

 袴田事件の供述テープについて静岡地裁は、12月2日までに録音時期を明らかにするよう、検察に要請した。開示の勧告や命令を出すのかもしれない、と弁護団は期待しているそうだ。12月中旬までに下る地裁の判断に注目したい。

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「必要性がない」かどうかは見てみないとわからないし、
存在が明らかになっている以上、開示されるのが当然なのでは?
ここでもまた、素朴な疑問が浮かびます。
以前にも袴田事件を取り上げたこの回や、
東電女性社員殺害事件布川事件を取り上げた回も、ぜひあわせてお読みください。

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どん・わんたろうさんプロフィール

どん・わんたろう約20年間、現場一筋で幅広いジャンルを地道に取材し、「B級記者」を自認する。
派手なスクープや社内の出世には縁がないが、どんな原稿にも、きっちり気持ちを込めるのを身上にしている。関心のあるテーマは、憲法を中心に、基地問題や地方自治、冤罪など。
「犬になること」にあこがれ、ペンネームは仲良しだった犬の名にちなむ。「しごと」募集中。

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