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2011-01-26up

B級記者どん・わんたろうが「ちょっと吼えてみました」

【第33回】

証拠開示が進むほど明らかになるのは~袴田事件から考える

 シャツやブリーフといった衣類を1年2カ月の間、味噌に漬けるとどう変化するか。そんな実験にここ数年、まじめに取り組んできた人たちがいる。1966年に静岡県で一家4人が殺害された「袴田事件」の犯人とされた元プロボクサー・袴田巌死刑囚(74)の支援団体である。

 袴田死刑囚は公判で一貫して無実を訴えたが、80年に最高裁は死刑を確定させた。第1次の再審請求も2008年に最高裁で退けられた。大きな根拠が、事件発生の1年2カ月も後になって現場の味噌工場の味噌樽の中から見つかった「5点の衣類」だった。血の付いたシャツやズボン、ブリーフなどは袴田死刑囚のものとされ、犯行時の着衣と認定された。

 そもそも袴田死刑囚の「自白」では、パジャマで犯行に及んでいたはずだった。「5点の衣類」が公判の途中で捜査側に都合良く見つかった経緯からして、かなり怪しい。衣類が1年2カ月も味噌に漬かっていたものではないこと、すなわち捜査機関によってねつ造された可能性のあることが明らかになれば、再審の扉が開かれる。そう考えた支援団体「袴田巌さんを救援する清水・静岡市民の会」によって実施されたのが、味噌漬け実験だった。

 シャツやブリーフ、ステテコなど「5点の衣類」とほぼ同じサイズ・素材のものを準備し、着用~洗濯~自然乾燥を5回繰り返した後に使用した。味噌は、公判記録の成分表に基づいて原材料から仕込んだ。衣類に付ける血液はメンバーから採血し、血を付けてから味噌に漬けるまでの時間を1時間、1日、18日と分ける念の入れようである。

 実験の結果、白色のシャツやステテコは、味噌とほぼ同じ色にムラなく一様に染まっていた。緑色や青色の衣類は味噌よりも濃い黒に近い色になり、元の色は判別不可能になった。血液を付けた場所も黒に近い色で、血液の赤みは完全に消失していた。

 これに対して、「5点の衣類」が発見された当時の実況見分調書の記述では、シャツやステテコは「薄茶色」だった。弁護団によると、鑑定書の写真で見ても着色の度合いが薄く、濃淡にムラがあるという。緑色のブリーフも、調書には「グリーン色がはっきり認められ」と書かれている。血液部分については、鑑定書の写真には赤みが残っており、調書にも「濃赤褐色」「黄褐色や亜淡赤褐色」と表現されていた。

 折しも、静岡地裁に起こした第2次再審請求の三者協議で、検察が昨年9月と12月に証拠の一部を開示した。袴田事件では初めてのことだそうで、弁護団が「今まで見たこともないもの」も含まれている。1月23日に静岡市で開かれた集会で、弁護団が一部を公開した。

 証拠開示された中に、味噌樽から発見された直後の緑色ブリーフの写真があった。私たちが見ても生地の緑色がはっきり識別でき、付着している血液の赤みも分かる。味噌漬け実験後の衣類に比べると、1年以上も味噌に漬かっていたとは思えないほど生地の色がきれいに残っている。支援団体によると、20分も味噌に漬ければ「5点の衣類」に類似した状態を作り出せるそうだ。発見される少し前に味噌樽に入れられた可能性を否定できなくなった。

 証拠開示によって浮かび上がった疑問点は、ほかにもある。「5点の衣類」のズボンが、公判で袴田死刑囚には小さくてはけなかったことを、ご存じの方もいるかもしれない。弁護団は繊維鑑定も実施して「もともと小さいサイズだった」と主張してきたが、裁判所は検察の「味噌で縮んだ」という主張を採用した。その根拠の一つが「B4」と書かれたズボンのタグだった。「B」は大きなサイズを示すというわけだ。ところが、開示された調書の中に「『B』は色を示す」というズボンメーカーの証言があった。

 このズボンが袴田死刑囚のものと断定された決め手は、実家から見つかった端切れだった。両者が一致するとされたのだ。これについても開示された調書から、同じ布のサンプルを警察が事前に入手していたことが分かった。つまり、「発見」直前に実家のタンスに仕込んだ疑惑が改めて浮上してきた。

 集会では、強盗殺人罪で無期懲役が確定し、仮出所後に再審が認められた「布川事件」の桜井昌司さんの講演もあった。検察の証拠開示をきっかけに冤罪の証明を積み重ねていった桜井さんは、3月の再審判決を前に「証拠はそもそも公のもの。隠されたからこうなった。出させれば絶対勝つ」と強調した。言葉に説得力があった。

 刑事訴訟法は、起訴するかしないかを検察の裁量に委ねる「起訴便宜主義」を取っている。法解釈や情状、社会状況などを総合して決めるという理屈は理解できるにしても、起訴に疑問が生じた場合には、有利・不利を問わず、集めた証拠をすべて開示するのは当然のことだろう。市民が参加する裁判員裁判の時代にあって、正しい判決の前提として公平な情報提供が不可欠なのだから。

 30歳で逮捕された袴田死刑囚は、まもなく75歳になる。長期間の拘禁による精神障害に加え、最近は認知症と糖尿病を患っているようだ。昨年7月以降は姉との面会にも応じておらず、拘置所で十分な医療を受けられているかどうかを含めて、様子が分からないという。時間がない。弁護団や支援団体の要求に応え、検察はただちに証拠を全面開示すべきだろう。

 もう一つ。検察の主張を鵜呑みにして死刑判決を出し、最初の再審請求をあっさりはねのけた職業裁判官には、もはや任せておけまい。桜井さんも「証拠開示しない検察を許してきたのは裁判官。痛みや苦しみが全くわからない」と強く批判していた。袴田事件に限らず、再審をするかどうかは裁判員が決めてはどうか。過去の経緯にとらわれない白紙の立場で、市民感覚をもって判断することが何より求められている。

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ここまで明らかな「おかしさ」がありながら、
なぜ再審の扉が開かれないままここまで来てしまったのか。
裁判員制度の根拠ともされる「市民感覚」は、
「死刑か懲役か」を決めるときよりもむしろ、
こうしたケースにこそ求められるのでは? と思います。 

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どん・わんたろうさんプロフィール

どん・わんたろう約20年間、現場一筋で幅広いジャンルを地道に取材し、「B級記者」を自認する。
派手なスクープや社内の出世には縁がないが、どんな原稿にも、きっちり気持ちを込めるのを身上にしている。関心のあるテーマは、憲法を中心に、基地問題や地方自治、冤罪など。
「犬になること」にあこがれ、ペンネームは仲良しだった犬の名にちなむ。「しごと」募集中。

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