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デスク日誌(28)

071031up

原発震災が来る前に

 

どうして、こんな判決が出せたのか

 このコラムを書くために、私はさまざまなメディアの情報をこまめにチェックし、知り合いのジャーナリストたちに話を聞いたりしています。それらの情報を集めて私なりに検討していたのですが、10月26日に出された、ある「判決」は、まさに予想外のものでした。

 静岡県御前崎市にある、中部電力浜岡原子力発電所(1~4号機=出力総計361.7万キロワット)をめぐって、周辺住民たちがその安全性に疑問を抱き、運転差し止めを求めた訴訟の判決が、この日、静岡地方裁判所で示されたのです。

 宮岡章裁判長は「中部電力の安全評価には、問題がない。設計上の安全性は十分に確保されていると認められる」として、住民たち原告側の運転差し止め請求を棄却したのです。

 原告側の全面敗訴という結果でした。

 むろん、原告側は即日控訴しました。

 事前のジャーナリストたちの観測では、判決について次の3つの場合が想定されていました。

1.原告側全面勝訴

 その場合には、浜岡原発の4基すべてに運転停止命令が出され、日本のエネルギー政策に大きな影響を与えることになる。

2.原告側一部勝訴

 1、2号機のみの停止命令が出される。その場合は、残りの2基は運転が認められる。

3.原告側全面敗訴

 4基すべての安全性が認められ、従来と同じように運転は続けられる。

 多くのジャーナリストや、これまでこの裁判を見守ってきた専門家・学者たちは、ほとんどが「最低でも、2.という結果が出るのではないか」と予測していました。裁判所側が、かなり綿密な証拠調べを行い、現地調査まで行うという姿勢を示していたことも、その予測を裏付けていたようです。

 しかし、結果は前述したように、3.でした。すなわち浜岡のすべての原発は、今までと同様に動き続けるというわけです。中部電力のみならず、ほかの電力会社も国も、この判決に小躍りして喜んだのも当然です。

老朽化も考慮せず

 1号機、2号機の2基の原発は、それぞれ1976年,78年に運転が開始されました。国が78年に原発の旧耐震指針を策定する以前に設計されたもので、その老朽化が問題視されていたのです。したがって、老朽化を考慮すれば、少なくともこの2基の運転差し止めはかなり現実的なものではないかと、多くの関係者は予測していました。

 むろん、中部電力は「国の耐震指針に沿って、その耐震性はきちんと確認している」と主張してきました。しかし、それはあくまで“旧”耐震指針です。その後の新しい知見がそこに反映しているとはいえません。

 それでも判決は「設計上の安全余裕は十分に確保されている」と、中電側の主張を全面的に支持したのです。さらに判決は、改定前の旧耐震指針について、こうも言います。

 「新指針は、旧指針の安全基準をなんら否定したものではない」

 おかしい。論理が間違っています。

 旧指針が完全でないからこそ、それが改められて新しい指針が作られたのではないか。つまり、旧指針では不十分だったと、国が認めているからこそ、新指針が作られたと考えるのが、あたり前でしょう。であれば、旧指針に合格したからといって、今も安全だなどと言えないことは自明です。

生かされなかった教訓―巨大震源域の真上の原発

 しかし何より、この判決が奇妙なのは、あの柏崎刈羽原発の教訓を、少しも生かそうとしていない点です。 浜岡原発は、まさに巨大な東海地震の震源域のド真ん中に位置しています。誰がなんと言おうと、裁判官がどう判断しようと、それは紛れもない事実です。

 その東海地震が近い将来(30年以内)に起きる可能性は、実に87%(!)といわれているのです。それは政府も認めています。だからこそ、毎年、この地区では大がかりな防災訓練が、政府主導で行われているのです。

 そしてさらにさらに、その東海地震が、今回、柏崎刈羽原発に深刻な被害を与えた新潟県中越沖地震(マグニチュード6.8)を大きく上回る規模になる可能性が強い、と指摘されていることも、よく知られています。

 中電側も、むろん、そんなことは承知しています。だから当然、次のように反論します。

 「我々は、06年の指針改定よりも早い05年からすでに、耐震補強工事を始めている。想定する地震の加速度も、600ガルから800ガルに引き上げているし、いずれ1000ガルの加速度の揺れにも耐えられるようにする」

 しかし、やはりこれにも疑問を呈さざるを得ません。

 今回の中越沖地震の際に、柏崎刈羽原発の直下の地盤での揺れは、実は1000ガル近くに達していたというのです。マグニチュード6.8の地震での観測です。では、マグニチュード8級の揺れを想定しているという浜岡原発は、それに耐えられるのか。

 常識的に考えても、耐えられるはずがない。6.8で、すでに耐震の限界近くにまで達しているというのに、その数十倍規模の地震に、どうして耐えることができるのか。  判決文をできるだけ詳しく読んでみたけれど、素人の私をさえ納得させてくれるだけの論拠は、残念ながらほとんど読み取れませんでした。

 私と同じ不安は、多くの人が抱いています。毎日新聞の今年8月の世論調査では、原発の耐震性に不安を抱く人は、なんと9割にも達していました。今回の判決が、多くの人の持つ不安を解消してくれたとは、とても言えないのです。

数千万人の、いのち

 地図を広げてみてください。

 ほんとうに、浜岡原発は日本のド真ん中です。そして、東海地震の想定震源域の、これもまたド真ん中に位置します。

 東京・名古屋・大阪……。

 日本の巨大都市のほとんどは、もし、この浜岡原発が破壊されたとき、そのときの風向きにもよりますが、放射能の影響をもろに被ることになります。決して、現地住民だけの問題ではありません。数千万人のいのちに関わる問題だったのです。

 原告団のひとりが、唇を震わせてこう言いました。

 「浜岡原発が、もしも、重大事故を起こしたとき、裁判所はどう責任を取るのか」

 しかし、そんな心配はしなくていいのです。

 裁判所も裁判官も、責任など取れようはずがない。事故が起きたときには、この宮岡章裁判官もまた、放射能被曝に苦しみながら死んでいくしかないのですから。

 苦い思いで、そう書き記しておきます。

“運がよかっただけ”の柏崎刈羽原発

 防衛省の問題が、国会の焦点になっています。

 守屋武昌前防衛省事務次官の国会喚問で、癒着があったかどうかなどと大騒ぎです。だけど、聞いていても、とても虚しい。

 だって、30年以内に起きる可能性がきわめて強い巨大地震の、最も大きな災害となるであろう「原発震災」に、この国は目をつぶったままなのですよ。

 国の防衛も国益も、国自体が戦争被害以上の災禍に見舞われる可能性の前で、いくら議論したところで虚しいだけじゃありませんか。来ることがほぼ確実な震災の、最も危険な部分を無視して何が国益か、と思ってしまうのです。

 あの柏崎刈羽原発は、安全性が確保されていたから無事だったのではありません。

 運よく、ほんとうに幸運にも、大災害の一歩手前で持ちこたえただけに過ぎないのです。あと少し揺れが激しければ、原子炉本体の本格的破壊(今回の地震で、すでにかなり破壊されたということですが)に至った可能性は強いでしょう。そう指摘する専門家が多いのです。

 そのときの被害を考えると、肌に粟が生じます。

 そんな幸運が、二度も続くと思いますか?

 幸運を我が物にして、それを教訓にして、大災害を防ごうという考えに、なぜ至らなかったのでしょうか。 「後悔、先にたたず」

 そんな諺を、この場合に限っては口にしたくありません。

(小和田 志郎)

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