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2010-06-16up

Kanataの「コスタリカ通信」

#009

宗教と労働について

 いよいよ本格的に雨季が始まって、毎日午後に3時間くらい雨が降っています。強くなると映画の撮影のような勢いなので、雨を見ながら行動しています。多くの家がトタン屋根なので、雨が降っているときはテレビの音量も上げないと聞こえないほどです。

 今回はコスタリカ人の生活の一部になっている宗教に対する感覚や彼らの働き方から考えたことについて書いてみたいと思います。グアテマラへの旅行について書いたときにも言及しましたが、中米の国々の国教はカトリックです。教会に毎週行かない人も多いですが、考え方や生活に宗教が溶け込んでいて、まさに生活の一部という感じです。

カエデのおばけのような感じの木。近くの公園に生えている。

 コスタリカの政治において、教会は現在も大きな力を持っていて、セクシュアルマイノリティのための法律制定を認めない署名運動、中絶禁止や性教育促進への反対などといったことも行っています。そのことで、不法な中絶によって死亡してしまったり、避妊せず妊娠・出産し、お金を稼ぐ男性よりも弱い立場におかれてしまう女性の状況にもつながっているようです。生活の一部だからこそ、何かがおかしいと思うきっかけはなかなかなく、宗教の問題点に気付くことは難しいようです。

 日本における政治と宗教の問題については、別の機会に考えるとして、一般に日本では多くの人が「宗教は何ですか?」と訊かれたら、「宗教は特にありません」と答えるでしょう。宗教を持っている人は特別という感覚。だから、信仰が強くなくても「カトリックです」と答えるコスタリカ人に接していると、宗教が生活の一部であると感じるのかもしれません。

こちらもお化けのような木。ナウシカの王蟲を思い出します。

 そして日本では、少し他人と変わった主張や強い考えを、「宗教っぽい」と拒絶することが多いように思います。日本で通っていた大学で見てきた学生たちは、悲しいほど人の考えを受け入れられませんでした。宗教に対する極端な恐怖感、嫌悪感。常に問い直すことが必要だとは思いますが、信じることで人は強く生きられるということを知らないのだと感じました。大学で必修のキリスト教の授業が、他人の信条を受け入れるための場にならず、「あの授業で一番良い成績をとると、就活に響くらしいよ」という噂まで飛び交ってしまいます。あらゆる考えを自分の中に受け入れながら、もっと豊かに物事を考えていくという発想にいたらず、傾倒するか拒絶するかという二極化になっているように思います。それはつまり、他人とともに生きていくことの本質に、喜びが持てないということなのではないでしょうか。

友人のおうちで出していただいたお茶。お湯が入ってるのになかなか出ないなーと思っていたら、絵に騙されていた。

 「働く」ということに対しての考えにも違いを感じます。

 コスタリカ人が使う特徴的な言葉で、「調子どう?」という挨拶に対する答えや「ありがとう」や「どういたしまして」の代わりに使う言葉で、「Pura Vida」という言葉があります。直訳すると「素朴な生活」という意味で、コスタリカ人の考え方が表されている言葉として、コスタリカの紹介などによく使われます。

ちょっと遠くて分かりにくいが、ワールドカップに乗じて、信号待ちの運転手たちに各国の旗を売っている。

 コスタリカでは公的な機関はだいたい、平日夕方17時には閉まります。趣味や買いたいものがたくさんある人など、多くのお金が必要な人は二つも三つも仕事をするそうですが、基本的に生きるのに必要なものを得るために、一つの仕事をする人がほとんどのようです。「もし、ガジョピント(伝統的な豆ごはん)と卵しかなくて、お肉も食べたいけど、お肉は仕事をもっとしないと買えないとしたら、お肉はなくてもいいや」という考え方だと言っていました。日本には仕事で過労死したり、うつ病になる人が多いとコスタリカ人に言うととても驚きます。

 でも、何人かに聞いてみるとPura Vidaの考え方にはネガティブな部分が多いと思っている人が多いように感じます。「足るを知る」ということだけではなく、時には「問題に目をつぶる」ことも意味してしまうこの言葉に、複雑な感情を持っているようです。

いつも行く学食が真っ暗で、「また停電かな」と思ったら、みんなでサッカーを観ていた。
こんなにサッカーが好きなのに、コスタリカは出場できていません。

 こちらの人たちの生き方はたくましいとよく感じます。街で座ってお金を求める人、大学構内で学生にまでお金を求める人、信号待ちの車に新聞や果物を売ったり、ジャグリング(しかもあまりうまくない)してお金をもらおうとする人。コスタリカ人の先生によると、彼らのことを「仕事があるのに、働かずにお金を得ようとしている」として、個人の問題と捉える人もいるけれど、大多数は「社会問題だ」と答えるそうです。日本はどうでしょうか。残念ながら大多数が「個人の問題だ」と答えるのではないでしょうか。みなさんも、「生きる権利がない」などという発言とともに、子どもたちがホームレスの方々に暴力をふるう事件をよく耳にすると思います。日本には、仕事を失った瞬間に人生はおわりという感覚に陥ってしまうような社会の仕組み、そしてその仕組みからくる人々の考え方があるような気がします。

 信じることで見えるもの、逆に見えなくなってしまうものがあると思いますが、どちらにも気を配り、より豊かな考えを持って生きていくこと、そして働き方は生き方にそのまま直結し、働き方から他人を排除するような考えに至ってはいけないことの重要性を感じています。

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外国に暮らしてみると、
宗教が社会や政治、人々の暮らし、そして文化と
非常に密接に関わっていることをしばしば感じます。
次回は、キューバの旅のレポートが届く予定です。
お楽しみに!

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KANATAさんプロフィール

Kanata 大学を休学して2010年2月から1年の予定でコスタリカに滞在。日本の大学では国際学部に所属し、戦後日本の国際関係を中心に勉強をしている。大学の有志と憲法9条を考えるフリーペーパー「Piece of peace」を作成し3000部配布した。
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