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9条的シネマ考

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第二次世界大戦中、収容所に送られたユダヤ人の家族を
描いたこの映画は、“肩の凝らない感動作”として高い評価を得てきました。
しかし喜劇役者でもある監督が、コメディにまぶして描きたかったことは?
第9回は『ライフ・イズ・ビューティフル』
(1998・イタリア 監督 ロベルト・ベニーニ)です。

藤岡啓介(ふじおか けいすけ)翻訳家。1934年生まれ
長年、雑誌・書籍・辞書の翻訳、編集者として活躍中。
著書に『翻訳は文化である』(丸善ライブラリー)、
訳書に『ボスのスケッチ短編小説篇 上下』ディケンズ著(岩波文庫)など多数。

第9回『ライフ・イズ・ビューティフル』

パッケージ
DVD発売中
発売元: アスミック
税込価格: 2,500円

「イタリアのチャップリン」と呼ばれているそうだが、ロベルト・ベニーニはすごい才能だ。思いもつかない喜劇を作っている。第二次世界大戦、ユダヤ人、強制労働収容所、それに家族の絆をからませ、それでいてジャンルはコメディ、タイトルは『人生は美しきかな』。映評をみると「……まさに感動作でありながら、肩は凝らない。観た後、暖かさが残る……」とある。

そうかな? と考え込んでしまった。たしかに喜劇の名優であるベニーニの監督・主演だから「肩は凝らない」「暖かさが残る」だろう。だから、アカデミー賞など数々の賞をもらったのだろう。でも、ナチの強制収容所を描いたんだ。そこで、まだあどけない息子をかばいながら必死の喜劇的過剰演技をして、強制労働も収容所の規律もご褒美がもらえるゲームになぞらえて、わが子にはこの悲惨な現実を見せまいとする父親の気持ちが胸を打つ。これを普通のドラマのように見られるものだろうか。「感動作」といっているが、どのような感動を得たのだろうか。真実を隠した父親ははたして正しかったのだろうか? 後に成長した息子は父親を恨まなかっただろうか? 真実を教え、親子ともどもガス室に送られた方が良かったのか? 恨まなかったはずはない、これはベニーニの父親の話だったというではないか。


二度と観たくない名画もある

あの『禁じられた遊び』は、一度だけしか見ていない。1953年(昭和28年)に公開されたというから、これを洋画専門の映画館で見たときは、いっぱしの青年になっているはずだが、本人の記憶ではもっと幼かったときに見たような気がしている。福島の疎開先で米機の機銃掃射を受けて畑の畦に転がり込んだときの思いが、南仏の田舎で小犬の墓を作るミッシェルとホートレットの映像に重なっている。イエペスのメロディーが耳に残っている。しばらくは他の映画を見なかった。そして、二度とこの名作『禁じられた遊び』を見ていない。

戦争、悲劇、涙――そんなものじゃない。嫌だ、嫌だと、心の奥底にずしんと響いていまだにこの映画を語りたくもない思いでいる。「反戦映画」という言葉があって、「進歩的」といわれる人たちが声高に平和を語っていたが、そんな、「反戦映画」という漢字四個で収まるような気分ではなかった。大人たちの企んだ戦争を、嫌悪する、心の底から憎む、理屈も言葉もない衝撃だった。それでどうした? いまだに青臭く、『禁じられた遊び』のような映画を作らないでいい世界にしようと、その声が天まで届くよう願っている。「無益」かもしれない、などとは思わない。わが辞書には「無益」も「不可能」もない。



逆説は通じるのか?

話は『ライフ・イズ・ビューティフル』にもどろう。だじゃれは盛んだが、言葉の妙を楽しむ言語活動は薄れてきている。ベニーニのイタリア語LA VITTA E BELLA(人生は美しい)にはLa vitta e bella, nonostateという発想があったはずだ。「人生は美しい、されど……」。この映画が語っているのは、題名には書かれていない「されど」だろう。

物語の最後はアメリカ軍の戦車が街に入ってきて、父親が命をかけてかばい続けた息子のジョズエを兵士が抱えている。ジョズエは父親が処刑されたことを知らない。観客もその場面を見ない。ただ銃声を聞くだけだ。父親がご褒美に約束してくれた本物の戦車に乗って、子供は家に帰れると喜んでいる。だから「暖かさが残る」というのだろうが…… 。

されど、なぜに、かくも愚かなことを、今もなお! これがベニーニが喜劇に託した痛切な叫びじゃないか! この映画は二度三度観ていい映画だ。物語の始まり、おかしな男が自転車に乗って街に入ってくる、美女を見初める。プリンセスへ想いが届かない。レストランのウエーターになってがんばる。プリンセスが花嫁になるところを白馬に乗ってきて宴席からかっさらう。予測がつかぬ喜劇的展開で、面白い、されど……。



戦争によって家族が引き裂かれ、戦争によって命が奪われるということ。
その耐えがたい恐怖、痛みを実体験として知らない世代が増えていく中、
私たちは想像力を磨き続ける必要があると考えます。
藤岡さん、ありがとうございました。

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