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9条的シネマ考

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主題ではないけれど、映画の中に顔を出す「戦争」。
そこにはどんな意味がある?
翻訳家の藤岡啓介さんが、おなじみの映画を独自の視点で解説。
第2回は、ダニー・デヴィート主演の
『勇気あるもの』(1994・米 監督ベニーマーシャル)です。

藤岡啓介(ふじおか けいすけ)翻訳家。1934年生まれ
長年、雑誌・書籍・辞書の翻訳、編集者として活躍中。
著書に『翻訳は文化である』(丸善ライブラリー)、
訳書に『ボスのスケッチ短編小説篇 上下』ディケンズ著(岩波文庫)など多数。

第2回『勇気あるもの』

パッケージ
 『ツインズ』っていう映画があって、シュワちゃんにもたれかかるとやっと肩口に届く程度の小男のダニー・デヴィートが双子の片割れをやっていた。面白いというよりも悪趣味だなと不愉快になって、お終いまでみなかった。ときどきハリウッドのコメディーには笑えないものがある。センスの違いか、もうこちらが化石になっているからか。新聞の四コマ漫画をみても、何がおかしいのか分からなくなっているので、きっと読者対象ではないのだろうと諦めているのだが、そんな隠居でも、笑えたし感動したコメディーがあった。その名はいかめしくも『勇気あるもの』。

近親相姦、殺人、陰謀の物語だ、面白いじゃん、教えてくれよ
 お話は交通渋滞で遅刻して、デトロイトの広告会社を首になった男が職安にいって、どうにか仕事にありつく。有能なコピーライターだったのに、それが入隊志願者の教育係りという役回り。他に行き所がなくて軍隊にでも入ろうかという連中の、その中でもとりわけ始末に終えないおちこぼれの若者相手に、これもまた行き所を失った小男のダニーが相手になって教育するのだが、どちらもやる気がないのだから成果などあがらない。ある日生徒をほったらかして本を読んでいたら、何を読んでいる?ときかれる。シェイクスピアだよ、それってなんだい、ハムレットだよ、面白いのかい、近親相姦、殺人、陰謀の物語だ、面白いじゃん、教えてくれよ。というわけでハムレットを読み始めるが、広告マンだから学がある、直喩、比喩、隠喩なども講釈しながらの名演だ。興味をもてばおちこぼれもなにもあったものじゃない、若者たちは自分の言葉でハムレットを、つまり自分の人生を理解していくようになる。
 ようするに短絡的にいえば、軍隊教育の中で人間が鍛えられていく様子を描いた映画だ、若者も中高年のおやじさんも、互いに相手を理解しあって、馬鹿にしなくなり、自我に目覚め、人生に希望を抱くようになる、というのがこの『勇気あるもの』のいいたいこと――


そもそも人殺しの集団教育に人間性なんて
 だが待てよ、この映画の原題はRenaissance Manじゃないか?たしか画面に出でてくる職安は実際にそうなのかどうか知らないけどRenaissance Centerだった。あの歴史で勉強する「ルネッサンス」と同じ言葉だろう。人間性の回復、人間が人間であることを主張することで、軍事教育とは無縁だ。というよりも集団ではなく個の自覚をいうのだから、映画では舞台を軍隊にしたが、その方が作りやすい、分かりやすいからで、そもそも人殺しの集団教育に人間性なんてあるはずない。軍事教育で人間が鍛えられるというのはまやかしだ。だれが考えたのか知らないが、この邦題は嫌だな。

暗いのが軍隊だ、明るい人殺しなんてギャング映画のパロディーだ
 それにしても驚いたのは若者たちが『ハムレット・ラップ』を歌うところ。すごい。振りもよかったが、あのリズム感はなんともいえなかった。本家のシェイクスピアも悪乗りするけど、このラップには参った。ハリウッド文化にはすごい反骨精神の持ち主がいるんだ。シェイクスピアは世界的文豪かもしれないけど、悪乗り上手の、悪たれ人間万歳の世界的な旗手だ。映画屋さんはハムレットをラップで茶化してそういいたかったんじゃないか。いや、日本だって、『源氏物語』を雅楽をバックに、ラップで歌い朗読するミュージッシャンがいるもの、これが本当の「勇気あるもの」だな。
 日本の戦争映画は暗くて暗くてたまらない、それは敗戦国だったからといわれているけど、まともに軍隊を描けば勝利の栄光も名誉も、愛国心も勲章も恩賜の煙草もあったもんじゃない、暗いのが軍隊だ。日本の作家たちはヒューマニストだったんだ。明るい人殺しなんてギャング映画のパロディーだもの。田中絹代さんが出征する息子の後を見送って何分間も立ち尽くす後ろ姿をじっと撮った場面が日本の戦争映画の名場面として有名だけど、二度と再び、絹代さんの後ろ姿を映画にしたくないな。


なぜこの原題からこの邦題が? その意図は?
そんな想像をすることも、おもしろい映画の見方ですね。
次回の映画コラムもお楽しみに!

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