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2012-11-21up

伊藤塾・明日の法律家講座レポート

2012年9月22日@伊藤塾渋谷校

「けんぽう手習い塾」でおなじみの伊藤真さんが主宰する、資格試験学校の伊藤塾では、
法律家・行政官を目指す塾生向けの公開講演会を定期的に実施しています。
弁護士、裁判官、ジャーナリスト、NGO活動家など
さまざまな分野で活躍中の人を講師に招いて行われている
「明日の法律家講座」を、随時レポートしていきます。
なおこの講演会は、一般にも無料で公開されています。

震災・原発事故から考える法律家の役割

講演者:
渡部 容子 氏(弁護士、「仙台弁護士会」所属、元伊藤塾塾生)

主なプロフィール:
2009年末に仙台弁護士会に登録、一番町法律事務所入所。司法修習生の給費制復活に向けた運動のほか、原発事故被害者支援、DV被害者支援などに取り組む。離婚事件・労働事件を担当することも多い。宮城学院女子大学非常勤講師。

 伊藤塾出身の渡部容子弁護士は、弁護士になってすぐ司法修習生に対する給費制を存続させるための取り組みを始め、全国に広げてきました。多くの人々の協力を得て給費制の1年延期を実現させたあと、「完全復活を目指してがんばろう」という矢先に、東日本大震災と原発事故に遭遇しました。仙台の事務所にいて自ら被災された渡部弁護士は、先の見えない状況の中で、一体法律家に何ができるのかと悩みながら、目の前の被災者と向き合ってきました。
 「私はまだ3年目の弁護士なので、皆さんに教えられることは少ないですが、自分が被災地で悩んできた経験から見つけた、弁護士の役割についてお伝えしたい」と語る渡部弁護士。被災地の状況や宮城県内の原発事故被害の実情などもお話ししていただきました。

■被災者支援から学んだこと

 震災が起きたとき、私は仙台の事務所にいました。停電になり、何が起きたかもわかりません。家に帰っても真っ暗で、倒れた荷物でぐちゃぐちゃだったので、車で一晩をすごしました。あの日は3月なのにものすごく寒く、雪が降っていました。車のラジオで、初めて津波で大きな被害が出たことを知り、これからどうなるんだろうと暗澹たる思いだったことをよく覚えています。
 仙台弁護士会では、すぐに無料の電話相談を始めました。私自身も、依頼者の安否を確認するため、一人ひとりに電話をかけました。2人の依頼者の方が亡くなりました。一人は、気仙沼で労働事件に関わっていた女性です。その方のお母さんは、70歳を過ぎたか細い方ですが、私の事務所まで来てくれました。 
 津波が来たとき、お母さんは自宅の2階に避難できたのですが、お父さんと娘さんは一瞬で流されてしまいました。気仙沼では火災も起きたので、一面水と火の海の中、沈んでいく家族をただ見つめることしかできなかったそうです。その後、身寄りもないので一人で避難所にいたのですが、「自分の娘が信頼していた弁護士さんに何とか会いたい」との思いから、私の事務所を探しあててくれました。
 その後、お母さんは仙台に移り住もうとしましたが、高齢な上に職もないので、家を貸してくれる所がなくて大変でした。その時、絆とか、被災者支援と言うけれど、あれは何だったのかと思いました。避難所では一人ぼっちで、毎日役所や銀行などの手続きに追われ、食事もほとんどノドを通らないような状態でした。お母さんは精神的にも不安定でしたが、私が代理人として様々な手続きを代わりに行い、仙台で暮らせるようになって、生活の道筋ができていく中で、次第に立ち直ってくれました。
 この支援を通して、私は弁護士になってよかったと思いました。被災者の方はやることがたくさんあって、多くの不安も抱えています。そういう中で代理人として行動することができる弁護士は、被災者の立場に立って、その方の声を代弁できる存在なんだと実感しました。
 この話は、個別の被災者にどう対応したかという話です。でも、相談を受けた個別の被災者だけに対応していても、法や制度が変わらなければ多くの方にとって救済にはなりません。そこで弁護士会は、会長声明や提言を出して、行政や国会に届けるという役割も持っています。仙台弁護士会は、3月15日に会長声明を出して以降、30を越えるたくさんの会長声明や意見書を提出してきました。弁護士法では「基本的人権を擁護し、社会正義を実現する」という使命が書かれていますが、弁護士はそうしたスタンスで社会を変えていく存在だと思っています。

■給費制はなぜ必要か?

 私は、この1、2年は司法修習生の給費制を存続させる取り組みをしてきました。給費制というのは、司法修習生に対して給与を支給する制度のことです。これが2010年の11月1日から廃止され、貸与制になるということになっていました。
 「法律家だけ特別扱いするな」という意見があるのは確かですが、私が給費制は必要だと考える理由があります。一つは、お金持ちしか法律家になれないというのではいけないという事です。私がロースクールに通っていた期間、自分も含めて経済的に苦労をしている人が多くいました。給費制がなくなって、貸与制ということで、300万円もの借金を背負うことになったら、法律家をめざすことができなくなる人が増えてしまうだろうという危機感があります。2つ目は、修習生の期間は「修習専念義務」があるので、アルバイトは禁止されています。それなのに無給ではひどすぎます。修習生は、安心して修習を受けてスキルやマインドを磨くべきです。さらに、弁護士という民間人の養成に税金を使うという重みを修習生が受け止めて、人権を擁護していく役割を担っていることを自覚させる、すなわち給費制が弁護士の公共性・公益性を担保するという理由もあります。
 給費制の廃止に危機感を持った私は、まず仙台で対策会議をもちました。2010年の4月には日弁連で対策本部ができ、私も入って全国に動きを広めました。また6月には、大学生や法科大学院生、司法修習生ら法律家を目指す当事者たちを中心とした「ビギナーズ・ネット」を設立し、代表に就任しました。
 国会議員に要請に行くと、給費制廃止の問題はほとんど知られていませんでした。そこで議員会館の前で毎日議員さんにお願いしたり、院内集会を開くなどの行動を続けました。そして、なんとか1年だけ延期しましょうという法改正が実現し、その1年の間にまた頑張って復活させようと思っていたときに、震災が起きました。
 復興や被災者支援など、問題が山積みなので、正直、給費制を存続させる運動は、もう続けられないかなとも思ったこともありました。でも被災者の支援を続けていく中で、むしろ今こそ弁護士は求められているという思いを新たにしました。

 私は仙台にいて、公務員は素晴らしいなと思ったんです。それは消防隊や自衛隊、警察の人たちが全国からやって来て、自分のことを二の次にして、本当に頑張ってくれたからです。それを見て、弁護士もこうであるべきだと思いました。私がこの震災を通して実感したのは、弁護士は、ただ裁判のやり取りをするとか、契約書の作成をするだけの存在ではないということです。本当に多様なことができるし、それが求められています。お金がなくてもそうするべきだとは思いますが、給費制というのは、そういう法律家のマインドを支えているんだろうなと思います。
 給費制がなぜ始まったのかと言えば、戦後の焼け野原で、「この国の民主主義のために弁護士を育てなければならない」と考えたからです。状況は違いますが、現在もこのような国難を迎えて、被災者に寄り添い、人権を擁護していく人や組織が必要だし、そのためにも給費制が必要だと思っています。そういう弁護士を国の税金で育てるということは、民主主義的な価値を有しています。

■弁護士の役割とは?

 仙台弁護士会では、原発事故の被害者の救済にも取り組んでいます。宮城県でも、放射能の被害がかなりあるのですが、政府の中間指針では県が違うというだけで、補償の対象外になってきました。でも事業や生活に深刻な被害が出ているのでなんとかしないといけないとなり、2012年2月に、私たちは宮城県内の原発事故被害者の救済のために立ち上がりました。6月と8月に東電に直接請求を行った際、東電からの回答は「事故と損害の因果関係は認められません」というお粗末なものでした。
 また、福島から自主避難した方の相談も受け付けています。立ち入り禁止となっていない場所から避難した人は、「あなたが勝手に避難したんでしょう」ということになってしまいます。でも、実際に計測するとすごく放射線量が高い。
 そういったこともあり、私たちは中間指針を変えて欲しい、東電の対応を変えて欲しいと訴えています。原発事故に関しては、因果関係の証明が難しく、今ある法律論や判例だけでは対応が厳しいというケースが多いことは確かです。でも、今あるものだけで判断するのではなく、なんとか知恵を絞って、現実を変えていくというのも弁護士の役割です。 
 最後にお話ししたいのは、私が関わっている自衛隊情報保全隊の裁判についてです。自衛隊には「情報保全隊」という自衛隊の情報を保全する部隊があります。その部隊がイラク戦争に反対するデモや集会を監視して、その情報を記録して「反自衛隊活動」ということでまとめて管理してきたことが明らかになりました。それが人権を侵害しているということで、仙台で国家賠償請求と差し止め訴訟を行っています。
 国家が相手だと勝訴は難しいのが普通ですが、2012年3月の第一審判決では「情報コントロール権を侵害する」という理由で勝ちました。これは、憲法判断を求める事件なので、私が受験時代に学んだことや伊藤先生に教えていただいたことを手がかりに進めています。
 私は弁護士になって本当によかったと思っています。もちろんつらいこともありますが、一人の依頼者から、「先生に会えてよかった、明日から安心して眠れる」と言ってもらえると、また頑張れます。日本は今、これまでの価値観からの転換期を迎えています。弁護士は、その社会の転換のために働けるし、働かないといけない。これから弁護士をめざす人には、そういう志で取り組んでもらいたいと期待しています。

(構成・写真/高橋真樹)

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