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2010-11-24up

伊藤塾・明日の法律家講座レポート

2010年10月9日@伊藤塾本校

「けんぽう手習い塾」でおなじみの伊藤真さんが主宰する、資格試験学校の伊藤塾では、
法律家・行政官を目指す塾生向けの公開講演会を定期的に実施しています。
弁護士、裁判官、ジャーナリスト、NGO活動家など
さまざまな分野で活躍中の人を講師に招いて行われている
「明日の法律家講座」を、 随時レポートしていきます。
なおこの講演会は、一般にも無料で公開されています。

クジラ肉裁判と国際人権法
〜NGOや市民が不正を暴く権利はどこまで認められるのか

講演者:海渡雄一さん
(弁護士、「クジラ肉裁判」主任弁護士、日弁連事務総長)

「クジラ肉裁判」とは、国際NGOグリーンピースジャパンのスタッフ二人が、調査捕鯨船の「余った」クジラ肉が「土産」として持ち帰られている、という元船員からの内部告発を受け捜査を行い、その捜査途中で証拠物を確保し東京地検に告発。しかし逆にスタッフらが「建造物侵入、窃盗罪」で逮捕・起訴された事件についてのものです。2010年9月6日に青森地裁において第1審判決が言い渡されましたが、この事件と裁判は国際的にも大きな注目を浴び、国連人権理事会の恣意的拘禁に関するワーキンググループが、日本政府に対して二人の逮捕と拘禁は自由権規約に反するとの勧告も出しています。「表現の自由」を真正面に掲げて闘ったのは、この裁判が日本で初めてのことでしょう。主任弁護人である海渡雄一さん、グリーンピースジャパンスタッフの鈴木徹さん、佐藤潤一さんが事件と裁判について語ってくれました。海渡弁護士の講演の一部を紹介します。

●国際人権(自由権)を日本の裁判でどう使うか

 今回の裁判の焦点は、次の4点でした。1)窃盗における不法領得の意思の有無、2)刑法上の正当行為の成否、3)被告人らの行為について刑事責任を問うことが国際人権(自由権)規約第19条により保障される「表現の自由」を侵害するかどうか、4)同じく日本国憲法21条に定める表現の自由を侵害するかどうか。
 「国際人権(自由権)規約」とは、日本も30年前に批准している国際条約です。しかし最初から「国際人権法」を今回の裁判に使おうと思ったわけではありません。そもそも国内法や国内の裁判所において、どのぐらい影響を持っているのかについて、調べてみると「公務員の政治活動に関する東京高裁判決、堀越事件」(*)の判例がありました。
 ヨーロッパ人権裁判所では、国際人権法がどのような使われ方をされているか、さまざまな判例や論文を読み込んでいくうちに、この裁判をどのように闘っていけばよいのか、ポイントがだんだんわかってきました。
 NGOの活動家が、一般的な公共の利益に関する問題についての情報や思想を広めることによって国民的議論に貢献できるような活動を行う際には、ジャーナリストに匹敵する「取材の自由の保障」が及ぶという法理は、ヨーロッパ人権裁判所においては、確立された判例法理となっており、「マック名誉毀損事件」(*)をはじめ数多くの判例があることがわかりました。
 情報収集過程の法違反行為の可罰性については、欧州人権裁判所の4つの判例、特に「フレソズ・アンド・ロワール対フランス事件」が佐藤たちの行為と似ているケースでした。ここでは、行為の目的が公益を図るものであり、情報提供によってもたらされた利益と侵害された利益が均衡しており、被害者に大きな利益侵害がないこと、行為者の行動がジャーナリストやNGO活動家の倫理的な行動基準に合致していることなどの厳しい基準を満たすときには、これを刑事罰の対象としてはならないことが明確にされています。

*「堀越事件」・・・休日に政党機関誌を配布した公務員の堀越氏が、国家公務員法違反だとして逮捕された事件。一審では有罪判決。高裁ではこれを棄却し無罪。この判決の中で公務員の政治活動を規制する立法についても、グローバル化が進む中で、世界標準という視点などからも再検討される時代が到来している旨の付言をしており、明らかに自由権規約委員会からの指摘に応えたものと考えられる。

*「マック名誉毀損事件」・・・ロンドングリーンピースのメンバーが、マクドナルドに対してその経営方針や食べ物の品質の悪さを批判。それに対して、マクドナルド社は名誉毀損だとメンバーを提訴し、高額の損害賠償金を支払うように命じた。メンバーは欧州人権裁判所に申し立てを行ったところ判決は「健康や環境など、一般市民が関心を抱いている問題について情報や考えを広め、公の議論に貢献できるようにすることに、大きな公共の利益が存在すると考える」とした。

●クジラ肉を確保したのは、横領を公のもとにさらすため

 被告人となったグリーンピースのスタッフたちが、クジラ肉が入ったダンボール箱を確保した目的は明白でした。事前の調査活動は念入りで、告発の際には証拠としてそのクジラ肉の入った段ボールや書類も包み隠さず提出し、真実を述べています。国民の税金で行われている「調査捕鯨」におけるクジラ肉の不正な流通を初めて明らかにし、水産庁や捕鯨関係団体に改善を迫ることが目的だったわけで「公共の利益に関する事実を、公のもとにさらすため」でした。
 とすれば、彼等の行為は自由権規約第19条が保障するところのものであり、彼等を逮捕し、こう留し、起訴することは、これに違反する、と主張できる、と考えました。
 この裁判で「無罪」判決を受けることになったら、「NGOは法を破るライセンスを得た」ということにはなるのでは? という意見もありましたが、法律を侵しても良い、重視しなくても良い、ということには決してならない、ということも強く主張しました。表現の自由と刑法的規制の必要性との間に、微妙なバランスがあり、ヨーロッパ人権裁判所は、この困難な問題を取り扱うために、先に述べた一定の法理を確立してきました。日本も自由権規約の解釈のあり方として同じような考え方を受け入れることで、刑法的規制を維持しながら、社会に有益な情報が公表できる民主的な社会を形成していくことができるのではないか、と考えます。

●デレク・フォルホーフ教授との出会い

 インターネットで、欧州人権裁判所の表現の自由を扱った判例やその分析をみていく中で、頻繁に目にする名前がありました。それが今回、青森地裁にまで参考人として出廷してもらった、表現の自由とメディア法の権威であるフォルホーフ教授です。青森の裁判所に提出するための鑑定意見書も書いてくださいました。教授の総括の一部を紹介します。
 「日本がもし開かれた多元的な社会に向けて、さらに発展していきたいということであれば、NGOなどがもたらす様々な声に配慮すべきだと考えます。(略)民主主義社会において今何が起こっているのかというということについて透明性が確保されなければいけないということです。独立したメディア、NGO、市民が、その中でそれぞれが果たすべき役割があるという点です。人権というのは、倫理上だけのものでもなければ、抽象的なものでもありません。実際に現場で実践されなければならないものですし、実効性のあるものでなければなりません。ですので、正しく、国際的な水準で人権を適用していかなければならないのです。」
 ご存知のように、青森地裁では「有罪」判決がでましたが、被告人たちはただちに控訴しました。まだ続くこの裁判が、是非、日本の歴史に残るようなものになることを願っています。
 私自身、この事件の担当弁護士とならなければ、表現の自由に関する「国際人権法」について学ぶことはなかったと思います。そこが深められたことは、非常に良かったと思っております。

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この裁判について一般には、
「どんな理由があっても窃盗は良くない」「法律を破る過激な人たち」といった、
イメージで捉えられがちですが、見落としてはならない重要な視点があります。
「どん・わんたろうがちょっと吠えてみました」でも取り上げていますので、こちらも参考に。

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