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2010-09-29up

伊藤塾・明日の法律家講座レポート

2010年6月26日@伊藤塾本校

「けんぽう手習い塾」でおなじみの伊藤真さんが主宰する、資格試験学校の伊藤塾では、
法律家・行政官を目指す塾生向けの公開講演会を定期的に実施しています。
弁護士、裁判官、ジャーナリスト、NGO活動家など
さまざまな分野で活躍中の人を講師に招いて行われている
「明日の法律家講座」を、 随時レポートしていきます。
なおこの講演会は、一般にも無料で公開されています。

差別のない社会を目指して 
〜全盲弁護士だからこそ見えたもの

講演者:大胡田誠さん
(弁護士・伊藤塾入門講座出身)

筑波大学付属盲学校卒業後、慶応大学法学部、慶応大学法科大学院を経て、新司法試験合格。渋谷シビック法律事務所入所

点字で司法試験を受験し資格を取得した大胡田誠さんは、日本で3人目の全盲の弁護士です。視覚障害を持つ大胡田さんが、弁護士を目指したきっかけや、受験勉強の苦労、またどのように弁護士業務を行っているのか、具体的に日々のエピソードを交えながらお話しくださいました。憲法が保障している「個人の尊重」=ひとり一人がみんな違うからこそ素晴らしい、ということを改めて考える時間となりました。その一部を紹介します。

●1冊の本との出会いから弁護士を目指す

  私は先天性の緑内障で幼い頃から視力が弱かったのですが、小学校6年生の時に視力を失いました。中学から盲学校に入学し、そこの図書館で『ぶつかってぶつかって』という日本で初めて全盲で弁護士になった竹下義樹さんの著書を読み、自分も弁護士を目指したいと思うようになりました。

 みなさんと同じように、司法試験の浪人生活の時は辛かったですね。試験に落ちるとがっかりするし、親にも申し訳ない。くじけそうになった時、母親から「迷った時は自分の心があたたかい、と感じる方を選べばいい」といわれ、今でもその言葉が座右の銘のようになっています。
 ところで視覚障害者の司法試験受験は、点字と電子データで出題され、試験時間は4日間で36時間30分あり、なかなかハードです。試験の途中でも弱気になりそうな瞬間がありますが、受かった年の試験というのは、「これで落ちるわけがない」という自信がありました。逆に言えば、そう思えるためには、自分に負けないための努力を、毎日積み重ねてきたかどうか、なんですね。

 そして私は今、公設事務所の弁護士として働いています。一般の市民が直面する問題の解決や、国選弁護士の仕事を引き受けています。アシスタントさんの協力とパソコンの音声読み上げソフトがあれば、一般の弁護士と同じように仕事ができていると思います。また、依頼者のためには、当然そうでなければならないと思っています。

●日本における障害者のおかれた状況

 日本国内には、身体障害者が約366万人、知的障害者が約55万人、精神障害者が303万人、合計724万人が暮らしています。これは総人口の約6%で、およそ16人〜17人に一人が障害者ということになります。しかし働いている人は、1割以下にしか満たない。法定雇用率を達成している企業も45.5%しかありません。

 障害者も社会の構成員であるはずなのに、日本ではまだ、障害者が、地域社会の中で、尊厳を持って自由に生活することができているとは言えません。まず、町の中には多くの物理的なバリアがあります。例えば、エレベータが設置されていなかったり、設置されていても非常な遠回りが必要であったりする駅はまだまだ多く、車椅子を使って生活している方が皆さんと同じように、公共交通機関を使って移動することはとても困難な状態です。そのため、知り合いの車椅子の弁護士は、タクシー代が毎月20万円以上かかるそうです。このように、みんなが使えるものが使えず、一部の者に一方的に負担を強いる社会というのは変えていく必要があります。たとえ障害があっても、だれでも地下鉄に乗って160円でどこにでも行けるような社会にしたいですね。

 また,障害者に対する心のバリアも大きな問題です。
 街を歩いていると、さまざまな声が耳に入ってきます。子どもが無邪気にお母さんに「あの人どうしたの? どうして杖を持っているの?」とたずねている。するとお母さんの、「見てはダメ、見てはダメよ」という声。またしばしば「あなたのために祈ってあげていますよ」と言われることもあります。そういう声を聞くと「日本では障害者は、見てはいけない存在、または憐れみの対象なのかなあ」と寂しく思います。

 ちなみに、司法試験の予備校についても別のある学校では、視覚障害を持つ学生は前例がないからと断られましたが、伊藤塾さんは「どんな条件の方でも、できる限りサポートしますよ」と言っていただき、テキストは全て電子データでいただいておりました。お陰でみなさんと同じように勉強ができ、合格もできたわけです。

 一人の人間として人権が尊重され、周囲の人たちと同じように社会の中で生活ができる、そんな社会に変えていく必要があるのではないでしょうか。

●差別のない社会を目指して

 ここで障害者権利条約について紹介しておきましょう。

「障がいのあるすべての人によるすべての人権及び基本的自由の完全かつ平等な共有を促進し、保護し及び確保すること並びに障がいのある人の固有の尊厳の尊重を促進すること」(1条)

 これは、2006年12月に国連総会において採択された条約で、日本も2007年に書名しています。ここでは、合理的な配慮を行わないこと=例えば、職場の階段の段差をなくさない、なども「差別」だとしています。

 ところで、私は、ある精神科のお医者さんが、「心はどこにあるのか」という問いに対して「心は、人と人との間にある」と答えるのを聞いたことがあります。心は、もともと人の中のどこかにあるのではなくて、誰かのことを、思い、考えたときに初めてその人との間に生まれるものだというのです。
 皆さんも、街中で障害を持つ人を見かけたときには、一瞬、その人のことを思い、考えてみてください。そんな一瞬一瞬が、社会を変えていく第一歩になるはずであり、また,皆さん自身の心を豊かにしてくれるきっかけになるはずです。

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時にユーモアを交えながら、
苦しい司法試験の受験勉強について語ってくれた大胡田弁護士。
そんな彼がいくつもの苦難を乗り越えながら出会った、
数々の宝物のような言葉が印象的でした。
人間の尊厳についても、深く考えることのできた貴重な時間となりました。

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