時々お散歩日記

 10月29日の朝日新聞の社説が面白かった。久々に、「社説」というものをじっくりと読んでしまった……と言いたいところだが、実はほとんど読めなかった。
 面白いのに読めない…、どういうこと?
 なにしろ、文章の多くの部分が“黒塗り”されていて、読もうにも読めなかったのだ。
 これは、前日の国会で、自民党の小池百合子議員が「多くの新聞に掲載されている『首相動静』という記事は、『知る権利』というものを超えているのではないか」と発言したことへの、朝日新聞なりの批判だった。
 「首相動静」というのは、首相の前日の行動が、時間単位で掲載されている小さな記事だ。何時にだれと会って、何時にどこへ移動し、何時にだれと会食したか…というようなことが記されている。
 小池議員は、その記事はあまりに詳しすぎるのではないか、と言った。端的に言えば「首相の動きは『特定秘密』に該当するのではないか」ということだろう。
 ここに、自民党議員たちの「秘密」というものの考え方が露骨に表れている。首相が誰に会おうが、そんなことを国民が知る必要はない、そう言いたいのだ。その感覚が法の形で現れてきたのが「特定秘密保護法案」である。
 そこで、朝日社説は、前日の「首相動静」を取り上げ、その中の首相が会った人物名や行き先などの固有名詞をすべて“黒塗り”にしてみせたのだ。つまり、「もし秘密保護法が制定されたなら、こんなことすらも知ることができなくなりますよ」と、具体的に警告してみせたというわけだ。朝日新聞、たまには面白い皮肉を飛ばしてくれる。
 なんでもかんでも「秘密」のベールに包んで、我々の目から遠ざける。首相の行動すら知ることができないとなれば、政府の動きなどまるで闇の中。今の段階でもし秘密保護法が制定されれば、「特定秘密」扱いにされるのは40万件超にも及ぶといわれている。
 しかもそれを暴けば、懲役10年という罰則が待ち構えている。国民は「見ざる聞かざる言わざる」を強いられる。

 「特定秘密保護法案」の担当大臣は森雅子氏。その森大臣の発言が、そうとうに怖い。かつて「日米沖縄密約」を暴くスクープを放った元毎日新聞記者・西山太吉さんのケースは「処罰に値する」と明言した。
 西山さんの取材手法が「著しく法を逸脱したケース」だったというのだ。政府の政治犯罪である「沖縄密約」はまったく裁かれず、それを暴いた記者の手法のみが裁かれたのが西山事件だ。
 西山さんを裁くのであれば、法廷で「国家の犯罪」も同時に裁かれなければおかしいではないか。
 森大臣は、秘密保護法が成立すれば、「政府の秘密は隠し、暴いたジャーナリストの取材手法を調べ、それが“著しく法を逸脱” していれば、そのジャーナリストを逮捕・処罰する」と公言したのだ。
 だが、ここでいう「著しく法を逸脱した取材手法」とは何か? それはきちんと定義されていない。つまり、政府が勝手に判断してしまう恐れが大きいのだ。政府が隠したい秘密を暴いた者は、何らかの理由をでっち上げて逮捕してしまう…。
 ジャーナリストへの萎縮効果は十分だろう。それでも頑張って政府の悪を暴こうと、危うい取材に賭ける記者が果たしてどれくらいいるだろうか? しかも森大臣は、「秘密」を原発情報にまで拡大しようとしている。朝日新聞(11月1日夕刊)に、こんな記事。

 森雅子・秘密保護法案担当相は1日午前の記者会見で、原発テロをめぐる情報について、「警察の警備状況は特定秘密に指定されるものもあり得る」と述べた。一方、すでに発生した原発事故の情報や原発の設計図は「特定秘密にはならない」と説明した。特定秘密保護法案では、「テロ活動の防止」は行政機関の長が特定秘密に指定できる4分野の一つとして明記されている。(略)

 「テロ活動防止なんだから当然でしょ」と納得してしまう人が、多分いっぱいいるだろう。だが、「テロ活動」とは、どうにでも取れる文言だ。森大臣は、「警備状況は特定秘密指定に」と言った。これが拡大解釈されるのは時間の問題だろう。前例は掃いて捨てるほどある。
 森氏の言うようにテロ活動防止のみに「特定秘密」が限定されるなんて、もう誰も信じちゃいない。これが、原発情報をも隠蔽するものだということは、多くの人たちが感じ取っている。東京新聞(11月5日付)が報じている。


原発「特定秘密」指定 許せない
福島県議会 危機感

 「原発の安全性に関わる問題や住民の安全に関する情報が『特定秘密』に指定される可能性がある」。安全保障上の情報保全徹底を掲げる特定秘密保護法案をめぐり、福島県議会は全会一致で「慎重な対応を求める」とする、首相、衆参両院議長宛ての意見書を可決した。(略)
 原発事故では、放射性物質の拡散を予測する「緊急時迅速放射能影響予測システム(SPEEDI)」の試算結果が、事故の初期段階で公表されず、住民の避難に生かされなかった。(略)
 意見書は、こうした経験を踏まえ「国民の生命と財産を守るための有益な情報が、公共の安全と秩序維持の目的のために特定秘密の対象に指定される可能性は極めて高い」と強い懸念を示した上で「重要なのは徹底した情報公開を推進すること」と強調している。

 保守系議員を多く含む県議会さえ、こんな意見書をまとめたのだ。安倍を信じていない何よりの証拠だ。それに、政府が適当に法を捻じ曲げることは、もはや珍しくもなんともない。
 憲法解釈を考えてみればよく分かる。ずるずると9条の解釈を後退させ、ついには、歴代の内閣法制局がかろうじて維持してきた「集団的自衛権行使は、現憲法では認められない」という最後の一線さえ、安倍は踏みにじろうとしているではないか。
 「テロ防止のための秘密」などは、いつでも踏み越えられてしまうだろう。

 日本には、海岸沿いに54基の原発があった。現在、そのうちの福島第一原発の1~4号機は廃炉が決定したから、とりあえず、いまだに再稼働をもくろんでいる原発は50基ということになる。それが、日本中の海岸沿いに林立しているのだ。
 日本の安全保障を確立するために、という理由で、アメリカの物真似に過ぎない「国家安全保障会議(日本版NSC)」なるものを、どうしても安倍は作りたいらしい。もうその初代局長さえ内定(谷内正太郎元外務次官)しているという情報まである。
 だが、海岸線を覆うように建てられている原発を考えれば、そんな安全保障会議など何の役にたつか? ひとつでも“爆発”すれば、日本の安全保障など吹っ飛んでしまうだろう。
 何よりも先にやらなければならないことは、福島事故原発の収束と廃炉、そして日本中のすべての原発の廃炉に向けた計画と作業着手ではないか。順番が違うのだ。

 「国家安全保障会議」なるものを作るために、安倍は「特定秘密保護法」の制定を、十分な審議時間も取らずに強行しようとしている。これさえ制定してしまえば、ことに原発情報など、まったくの闇の中。
 前出の東京新聞の記事にあるように、SPEEDIの情報も、「秘密のベール」の中だったのだ。こんな大切なことすら、住民には知らされなかった。これらを考えれば、森大臣の言う「原発警備の状況だけが特定秘密」などということが、まったくの絵空事だと分かる。

 特定秘密法の制定→日本版NSCの設置→(特に)原発情報などの隠蔽→国民の知る権利の剥奪→解釈改憲→集団的自衛権行使容認→アメリカへのさらなる従属

 図式化すれば、上記のようになるのだろう。安倍の思考回路は、まことに単純明快なのだ。
 アメリカの威信は地に堕ちている。シリア内戦介入に、アメリカ国民は70%以上が反対した。イラク戦争でのブッシュ大統領の大嘘(イラクには大量破壊兵器がある)に懲りた米国民の反戦気分はもう変えられない。
 同盟国の反目も明らかになっている。独仏はアメリカのイラク戦争にも反対したし、アメリカの最も強固な最後の同盟国で“戦争の友”だったイギリスでさえ、今回、議会はシリア内戦介入に反対、キャメロン首相はシリア戦参加を拒否せざるを得なかった。
 つまり、アメリカはほとんど孤立状態にある。そこへ、救いの手を差し伸べようとするのが我が安倍首相なのだ。
 もし日本が「集団的自衛権行使容認」ということになれば、アメリカは自国の戦争(もっとも近いのはシリア内戦介入かもしれない)に、自衛隊の参加を求めてくる可能性もある。
 アメリカは単独で戦争介入はしたくない。多国籍軍を組織して、単独戦争ではないという形を、とりあえず国際社会へ示したいのだ。となれば、なんでも言うことを聞いてくれる“安倍の日本”ほどありがたい国はない。
 なんのことはない。アメリカに追従することが、結局、日本の原発の延命につながるということになる。
 「風が吹けば桶屋がもうかる」式の回りくどい理屈だが、どうもこれは当たっていそうだ。

 だが、肝心のアメリカの原発はどうなっているのか?
 米原子力規制委員会(NRC)のアリソン・マクファーレン委員長は「使用済み核燃料の最終処分法が決定するまでは、原発の新規建設は認めない」としており、事実、1979年のスリーマイル島原発事故以降、米国内では新たな原発建設は行われていない。
 2010年には104基あった米国原発だが、その後、停止や閉鎖が相次ぎ、現在では稼働している原発は100基を下回っている。さらに、シェールガスの実用化が急速に進展、原発は経済的にもコスト高となり、原子力発電から撤退する電力会社も相次いでいる。
 また、カリフォルニア州サンオノフレ原発では、事故により廃炉を決定。三菱重工業製の蒸気発生器の配管破損が原因だとして、運営会社は三菱重工業に対し巨額の賠償金を求めている。
 これらのことから見て、米国電力会社の原発撤退はこれからも続くだろう。しかし、一筋縄ではいかないのが米国産業界。原発事業から完全撤退というわけではもちろんない。原発メーカーを日本に買わせることで生き延びていく。例えば、東芝はウェスチングハウス社、日立はゼネラル・エレクトリック社を子会社化した。また、三菱重工業はアレバ社(仏)と手を組む。結局、アメリカ原発メーカーは、うまく逃げおおせ、日本メーカーはババを引かされることになりかねない。

 図式が見えてくるだろう。
 安倍によるトルコやインドへの原発輸出の情けないほどの売り込み行脚は、まさに、これら必死で生き残りを模索する日本原発メーカーの強い要請と、原発技術で日本資本を吸い取ろうとするアメリカの思惑に、そっくり絡めとられた結果なのだ。
 安倍首相が世界に恥ずかしげもなく繰り返す“世界最高水準の原発”の裏には、アメリカの思惑と金…。
 だからこそ、「特定秘密保護法」を成立させてはならないのだ。

 鬱陶しい話ばかりで、心が少し痛んだら、小さな旅をする。あきる野市の五日市駅のすぐそばに、僕がいちばん美味いと思う「魚鶴」というおそばやさんがある。そこの「きこりそば」と「かもなんそば」が絶品。
 それを食べ終えたら、近所の広徳寺境内を散歩する。静かなたたずまい、苔むした山門、銀杏の老木、古池のアオガエル…。今週の写真は、それらの風景です。
 秋の澄んだ風が感じられませんか…?

 

  

※コメントは承認制です。
157 安倍と秘密と原発と」 に5件のコメント

  1. 秘密保全法に関しては、韓国で今何が起きてるか見ると、日本の将来が分かるって気がするな。統一進歩党の命運は明日の山本太郎を占う上で参考になるっていうか何ていうか。で、朝日新聞は今日の中央日報の社説みたいに、「統一進歩党解散賛成!」って圧力に負けて書くわけw

  2. いぶし丼 より:

    10月29日?!Σ( ̄□ ̄;)
    思いっきりネタ被っ…いえ、何でもありません。
    私は元気でゲホゴホガフ…

  3. 松宮光興 より:

    特定秘密は40万件というけれど、何が40万件に含まれているかも秘密では、結局「知られたくないものは、何でも特定秘密」ということになってしまう。
    国会審議で大臣が「そんな心配は無用です」と言っても、法律に明記されていない限り信用できないことは、国旗国歌法の例で明らかだ。
    民主主義を否定する悪法に反対!。

  4. 小林賢吉 より:

    特定秘密とは何を指しているのか?全項目を示してもらおう。一項目づつすべて我々に審査させて欲しい。これがルールだよ。

  5. 国会議員はもっともっと学ばなければ。まず憲法を。国民主権。基本的人権の尊重を。平和主義を。これは国会議員が国民の代表だということを考えると、国民が憲法を学ばなければならないということになるだろう。「特定秘密保護法案」どうしてここまで、えぐい法律が考えつくのだろうか。おぞましい。悪賢い小賢しい人間が考えたのか。だとしたら彼らは憲法を知らないのだ。

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すずき こう

すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)など。マガジン9では「お散歩日記」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。

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