雨宮処凛がゆく!

 8月29日、久々に「朝まで生テレビ」に出演した。

 テーマは「アベノミクスと日本人の幸せ」。

 安倍政権発足から1年と8ヶ月。景気回復とか成長戦略とかいろいろ騒いでいるものの、実際はどうなのか? ということについて議論した。

 例えば有効求人倍率。こちらは1.1倍と「22年ぶりの高水準」になったと騒がれている。が、正社員に絞ると求人倍率は0.68倍。また、「雇用が増えた」と言われるものの、安倍政権になってから、正社員は48万人減り、非正社員は80万人増えているという現実がある。

 一方で、「人々の実感」の方はどうなのか。「景気が良くなった」と一部メディアが煽り続けているものの、最近発表された国民生活基礎調査によると、「生活が苦しい」と回答した世帯は59.9%。また、昨年の平均所得は537万円と過去25年間で最低。更に昨年の「家計の金融行動に関する世論調査」によると、貯蓄ゼロ世帯は31.0%。前年比5ポイント増なのである。

 そんな「朝生」で、「アベノミクスは日本人を幸せにすると思いますか?」という視聴者アンケートがあったのだが、その結果には「やっぱり」と思わず頷いた。
 「幸せにする」と答えたのは19%、「幸せにしない」と答えたのは75%。やはり多くの人がアベノミクスに疑問を抱いていることが明らかになったのであった。

 さて、そんな朝生出演と同日、ある漫画が出版された。

 それは柏木ハルコさんの『健康で文化的な最低限度の生活』(小学館)。週刊ビッグコミックスピリッツにて連載が始まった時から私の周りでは話題となっており、読んでいたのだが、このたび一巻が発売されたのである。

 内容は、新人ケースワーカーの奮闘記。「東京都東区役所」に就職した主人公・義経えみるが「生活課」に配属されるところから話は始まる。

 配属そうそう、自分が担当するのが110世帯もあると知って驚愕するえみる。複雑な生活保護費の計算などに戸惑いつつも、上司や同僚、生活保護を受ける人たちから、さまざまなことを学んでいく。

 そんなえみるが配属してすぐ、ある事件が起きる。きっかけは、受給者・平川さんからの一本の電話だった。

 「これから死にます」「これ以上 役所にご迷惑おかけして生きるのもしのびないので…今まで長い間ありがとうございました」。それだけ言って切れてしまった電話に驚いたえみるは、近所の彼の親戚に伝えるものの、「あーそれいつものことなんですわ」と取り合ってくれない。「もう狼少年みたいなモンなんで放っておいてもいいですよ」。念のためもう一度電話したものの、電話は留守電。メッセージを吹き込んで帰宅したものの、平川さんはその日、近所のビルから飛び降りて死んでしまう。

 翌朝それを知り、ショックを受けるえみるに先輩ワーカーが声をかける。

 「どうしようもなかったよ この場合…て言うか、正直この仕事してるとたまにこういうことあるから」 

 そうして先輩ワーカーは苦笑いしつつ、続けるのだ。

 「まっ ここだけの話、1ケース減って良かったじゃん」 

 自分が担当する受給者が減るということは、ケースワーカーの負担の軽減を意味する。ただでさえ、新人なのに110世帯も担当しているのだ。その上、配属されたばかりのえみるは平川さんには会ったこともない。

 「そっか…そうだよね」

 先輩の言葉に、えみるは救われる。しかし、平川さんが住んでいた部屋を訪れたことによってその気持ちは変わっていく。綺麗に片付いた部屋、趣味の本、平川さんが輝いていた頃の写真。また、部屋からは生活の工夫をし、生きる努力をしていたことがさまざまなディテールから伝わってくる。

 「1ケース減って良かったじゃん」

 さっき言われた言葉が、えみるの頭をふとよぎる。

 そうして彼女は、思うのだ。

 「110ケースあろうが…国民の血税だろうが…ダメだ。それ…言っちゃあ、何か大切なものを失う…気がする…」

 この漫画には、「生活保護」を巡るさまざまな問題が描かれている。

 ワーカー1人で110世帯というような「現場の人手不足」はもちろん、心を病んでしまったシングルマザーや薬物依存の後遺症に苦しむ人、バブル時代はお金持ちだったと豪語する人、借金に苦しむ人など様々な受給者が登場する。そこから浮かび上がるのは、ありとあらゆる人が、本当にいろいろな原因で生活保護という最後の砦に辿り着くという現実だ。私までもが「自己責任」と眉を顰めたくなるような人もいる。反対に、誰もが応援したくなるような人もいる。しかし、どのケースも決して一筋縄ではいかない。えみるだけでなく、同僚も奮闘し、自問自答しながら仕事を続けている。

 生活保護問題に関わりだしてから、ずっと思っていたことがある。それは「生活保護のケースワーカーが憧れの職業になればいいのに」ということだ。この漫画には、生活保護の部署に配属された新人たちが、「ハァー? 何でいきなり福祉?」「まあ2〜3年の辛抱だね」「確かにちょっと気が重いね…しょっぱなから生活保護なんて」とぼやくシーンがある。そうなのだ。「命の最後の砦」であるというのに、現場の職員からは敬遠されている部署。そうなると、仕事になかなか誇りを持てない。そんな現場の空気が「水際作戦」の横行なんかにもどこかで関係しているのではないだろうか。

 が、「憧れの職業」であれば、きっと違法な対応などはなされない。常に注目されていれば、おかしなことはできないからだ。

 というかそもそも、私自身はケースワーカーは充分にカッコいい仕事だと思う。「命を救う最後の砦」にいるというのは、それだけで誇れることだと思うからだ。ちなみに私はこの数年、「カッコいいケースワーカー」さんをたくさん見てきた。しかし残念ながら、「やる気のないケースワーカー」「困窮者をあからさまに上から目線で見るケースワーカー」も多く見てきた。この漫画にも、どちらのワーカーも登場する。

 現在、生活保護受給者は215万人。内訳は、高齢世帯45.5%、障害・傷病世帯29.4%、母子世帯7.1%、その他世帯18.1%。高齢世帯の割合は年々増え続けている。生活保護の問題は、高齢化問題でもあるのだ。

 生活保護バッシングが始まって、長い年月が経った。そんな中出てきた、「新人ワーカー」の葛藤を通して生活保護の現場を伝える漫画。この作品は、生活保護という制度が「良い」とか「悪い」とかではなく、ありのままの現実を描こうとしている。

 ぜひ、多くの人に読んでほしい。

 

  

※コメントは承認制です。
第307回 健康で文化的な最低限度の生活。の巻」 に5件のコメント

  1. magazine9 より:

    大規模な生活保護バッシングが起きたのが2012年。昨年からは、3段階に分けて生活扶助費基準の切り下げが進められています。あれほど騒がれた生活保護の問題ですが、その実情についてはイメージばかりが先行して、あまり知られていないのではないでしょうか。6人にひとりが相対的貧困と言われているいま、誰もが「健康で文化的な最低限度の生活」を送るために必要な社会制度について、あらためて考える必要に迫られています。
    『生活保護リアル』の著書があるライター、みわよしこさんによる、〈生活保護のよくある誤解に答えてみました〉と題したこちらの記事などもぜひ。

  2. 秋の空気が気た より:

    表向きの求人じゃなく、「形式求人」もあるわけで、正確な求人と、
    地方地区別の正確な細かな数値を公表ししないのかなあ?

    単純な数字だけでなく、
    「ここの地区は産業がなく若い人が都会に職を求めて・・・」
    「公共事業が減って・・・」
    などなど、細かな注釈もつけないと、真の雇用状況が見えない。

  3. よう より:

    電子書籍化しないんですかね。
    最近はそっちの方が若い人読みそうです

  4. K.H. より:

    一人で110世帯なんてブラック会社並みだと思います。

  5. marimo より:

     だいぶ遅くなりましたが、読みました~!
    細部の描写や登場人物の性格や背景など、かなりリアルに描いてあるなぁと感じました。深刻な問題やショッキングな場面もありますが、主人公のまじめすぎるくらいに悩む姿や、でもちょっと抜けてるところが救いかなと思います。ふつうに漫画作品としても読みごたえがあります。

     発売になった頃は、近くの書店には無かったのですが最近入荷したみたいで・・・棚に表紙が見えるように並んでいました。売れてるのかも。
     

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雨宮処凛

あまみや・かりん: 1975年北海道生まれ。作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。若者の「生きづらさ」などについての著作を発表する一方、イラクや北朝鮮への渡航を重ねる。現在は新自由主義のもと、不安定さを強いられる人々「プレカリアート」問題に取り組み、取材、執筆、運動中。『反撃カルチャープレカリアートの豊かな世界』(角川文芸出版)、『雨宮処凛の「生存革命」日記』(集英社)、『プレカリアートの憂鬱』(講談社)など、著書多数。2007年に『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。「反貧困ネットワーク」副代表、「週刊金曜日」編集委員、、フリーター全般労働組合組合員、「こわれ者の祭典」名誉会長、09年末より厚生労働省ナショナルミニマム研究会委員。オフィシャルブログ「雨宮日記」

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