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2013-07-17up

2013年参院選前に「改憲」を考える

自民党改憲案を「先取り」していた
生活保護バッシング
稲葉剛

(いなば・つよし)
NPO法人自立生活サポートセンター・もやい代表理事、
住まいの貧困に取り組むネットワーク世話人。
生活困窮者への相談・支援活動に取り組む。

■国連勧告に逆行していた
「生活保護法改正案」

 今年5月17日、国連の社会権規約委員会が、日本政府に対しさまざまな勧告を出しました(※1)。その中には、生活保護制度についての勧告も含まれており、申請手続きの簡素化、申請者の尊厳を守るための措置を取ること、生活保護利用につきまとうスティグマ(負の刻印)を解消するための教育を行うことなどが求められています。

 ところが、この同じ日に政府は「生活保護法改正案」を閣議決定。その内容は、勧告内容にまったく逆行するものでした。申請手続きについては申請書の提出を原則化し、給与明細や賃貸契約書などの添付書類の提出を求めるなど、むしろ複雑化・厳格化する内容。さらに、扶養義務者への調査の徹底が盛り込まれており、これは明らかにスティグマ強化につながるものです。

 しかも、今年5月には、所得や税金、社会保障などを共通番号で一括管理する「マイナンバー制度」が成立しましたが、国会審議の中での村木厚子労働省社会・援護局長の答弁によれば、このマイナンバー制度を用いて扶養義務者の資産や収入の調査を行う可能性も否定はしない、とのこと。そうなれば、申請によって家族・親族の資産収入まで丸裸にされてしまうわけで、申請をためらう人がますます増えるかもしれません。

※1 そのほかに求められているのは、長時間労働や職場におけるハラスメント防止のための措置を取ること、朝鮮学校授業料無償化制度の確保、「慰安婦」に対するヘイトスピーチを防止するための社会的啓発など(詳しくはアジア・太平洋人権情報センターのサイトなど)。日本政府は、こうした国連勧告を何度も無視し続けており、今年6月には、国連の拷問禁止委員会が出した「慰安婦」問題に対する勧告について、「法的拘束力はなく従う義務はない」とする答弁書を閣議決定した(参考:産経新聞記事)。

■個人よりも「国」「家族」を優先させる
自民党の改憲草案

 この生活保護改正法案は、6月の国会閉会とともに廃案となりました。それ自体は歓迎すべきことだと思いますが、参院選の結果によっては、次期国会でさらにひどい内容の法案が再提出される可能性もあります。生活保護制度の改悪という流れ自体は何も変わっていないといえるでしょう。

 しかも、8月には制度の見直しに先行して、生活保護費の引き下げが実施されることになりました。デフレによる物価の下落がその理由とされていますが、実際に価格が下がっているのは一部の電化製品のみ。生活保護利用者や低所得者の生活に大きな影響のある食費や水光熱費などは、変わっていないどころかむしろ負担が大きくなっているのが現状です。この猛暑でもあり、体調を崩す人が多数出ることも懸念されますし、引き下げの取り消しを求める集団訴訟を起こすための準備を進めているところです。

 そして、こうした生活保護バッシングと制度改悪の流れは、自民党の改憲草案の内容を「先取り」していたといえるかもしれない、と思います。

 この草案の中で、私たちがもっとも問題視しているのは、「家族」に関する考え方です。24条に「家族は互いに助け合わねばならない」とあるなど、非常に前近代的な家族主義――私は「絆原理主義」と言っていますけど――に貫かれている。本来、25条にある生存権を保障するのはまず国家の役割であるはずなのに、そうではなくてまずは家族で、そして地域で助け合いなさい、国が支えるのはその後ですよという姿勢がはっきりと見えるのです。

 13条でも現行の「すべて国民は個人として尊重される」が「人として尊重される」に変更されています。今の憲法が、まず個人の尊厳や人権を尊重することが大前提で、その上に家族があり国家があるという考え方で書かれているのに対して、自民党の改憲草案は、まず国家があり、家族があり、個人は一番後回しという、非常に前近代的な発想が表れている。こうした個人の尊厳や権利を軽視する傾向は、まさに生活保護バッシングや制度改悪の背景になっているものだと思います。

◆「気づいたときには遅かった」
そんなことにならないために

 また、最近では生活保護バッシングや制度改悪だけでなく、在日外国人に対する排外主義的な動きなど、マイノリティの人たちの人権、ときには生存までが脅かされる状況が生まれてきているのを感じます。にもかかわらず、それに対する社会全体の危機感があまりに弱いことを危惧しています。

 生活保護については、昨年来のバッシングに見られるように、一部の議員が貧困の問題を制度利用者のモラルの問題にすりかえるネガティブキャンペーンを行って、その上で政府が制度自体を使いづらくしていくという流れがありました。今後、同じ手法を用いて、社会保障制度全体を縮小させていくという動きが起こりかねないと思っています。

 先日も、麻生副首相兼財務相が「暴飲暴食で糖尿病になった人間の医療費をなぜ自分たちが負担しなくてはならないのか」という発言をして問題になりましたが、ここにも「利用者のモラルの問題にすりかえる」という、生活保護とまったく同じ構図があります。それが進めば、貧困のみならず病気も自己責任、自己管理できない人間が悪いんだから社会で支える必要はないという、よりアメリカ型の社会が生まれてきかねません。

 マルティン・ニーメラーの「彼らが最初共産主義者を攻撃したとき」(※)が頭をよぎります。気がついたときにはもう遅かった、ということになる前に、なんとかこの流れを止めなくてはならないと思っています。(談)

(※)反ナチス運動に身を投じたドイツの牧師、マルティン・ニーメラーによる詩。ウィキペディアなどで読める。

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